仲田:先ほども少し触れましたが、3月下旬に西村大臣に説明するにあたっては、その時点で「もし次に緊急事態宣言を出す場合には『強く短い』宣言と『弱く長い』宣言、どちらがよいのかを分析してほしい」というリクエストを直接いただき、それにもお応えしました 。
具体的には、東京で緊急事態宣言を新たに出す場合に、「強い規制のもとで大幅に経済活動を弱める一方、宣言の期間を短くする」のと、「弱い規制のもとで経済活動をあまり弱めない一方、宣言の期間を長くする」のとでは、感染者数、死亡者数、経済損失に及ぼす影響という観点でどちらがよいのかについて、さまざまな仮定のもとで分析した結果を説明しました。これは、政府が政策を策定するための戦略に関する分析と位置付けることができます。
政府はすでに具体的な政策プランをもっていた
――かなり具体的な質問や分析リクエストがあるのですね。
藤井:私たちにコンタクトをいただく段階では、政府はすでに具体的な政策プランをいくつかもっているので、それに基づいた内容の質問や分析依頼がくるということだと思います。私たちのモデルで記述できるのはマクロの感染状況や経済被害の動向なので、今後の見通しや政策運営にあたっての戦略としてどのような選択肢がありうるかといった点を中心に説明しました。
仲田:とはいえ、戦略分析を求められたケースはこれ以外にはあまりなくて、多くは変異株の影響や、ワクチン接種拡大の効果をふまえた感染者数、死亡者数、経済被害に関する今後の見通しをたびたび提供するという形でした。
藤井:特に、2021年5月に菅首相に説明したときは、ワクチン接種拡大の影響がメインテーマでした。
――それは当時、やはり「1日当たり100万人接種」という目標を打ち出して接種を推進していこうとしていた段階だったこともあり、それを推進することで感染状況がどう変化しうるのかを気にされていたということですね。
仲田:そうだと思います。繰り返しになりますが、5月の時点ではワクチン接種の効果をふまえた見通しを出していた研究チームが私たちとAI-Simプロジェクトの三、四つのチーム以外にあまりない状況でした。アドバイザリーボード等、感染症の専門家からはそうした分析はほとんど提示されていなかったため、私たちの分析にも関心が向けられたということだと思います。
――コロナ政策に深く関わってこられた感染症の専門家の方々が、当時はワクチン接種や変異株の影響を考慮した見通しを出していなかったことには理由があるのでしょうか。
仲田:その点に関しては、2つ理由があると推測しています。1つは触れたように、欧米と比べて日本の感染症数理モデル研究は相対的に遅れており、そういった分析をできる(もしくはするインセンティブのある)人材が非常に少ないという点です 。コロナ禍でさまざまなデータが出てくる中で、感染症数理モデルの専門家にはやるべき分析・研究がたくさんあったはずです。学術的な研究を行いつつ、さらに現実的な要素を盛り込んだ政策判断に役立つ見通しを提示していくためには、分野としての「層の厚さ」が必要であったのではないかと推測します。