5歳頃に文字が読めるようになったキムは、本を1冊読み終えるたびに表紙を下にして置いた。家中があっという間に表紙を伏せた本でいっぱいになった。ちょうどその頃からキムは並外れた記憶力を発揮し始める。読了した約1万2000冊の内容を何から何まで暗記していた。その上、キムは本の左右ページを同時に読むことができた。左のページは左目で、右のページは右目で文字を追うことができたのだ。
そしてミシェルと同じく、キムも特定の年月日の曜日を数十年後、あるいは数十年前であっても、たちまち言い当てることができた。彼のもとには、自分の誕生日が何曜日か尋ねる訪問客が後を絶たなかった。彼は瞬時に正しい答えを言うだけでなかった。「あなたは日曜日に生まれました」と言ったあと、こう続ける。「80歳になる日は金曜日ですよ」
ミシェルとキムの症例は異なるものの、両者には共通点がある。ミシェルは脳の左半球が欠落しているが、キムのように左右の脳が連結していないわけではない。しかし脳が半分欠けていることが、左右の脳が連結していないときと同じ影響をもたらした可能性は高い。つまり、不完全ゆえにある種の能力が制御不能なほどに高まって、人間離れしたレベルにまで発達したのだ。
「脳変化」は誰でも起こせる
この2人は神経可塑性――脳が自らを再編成するという、すばらしい力を証明する実例だ。脳の構造と機能を変えられることは、もはや疑いようがない。そしてミシェルとキムだけでなく、あなたや私にも脳は変えられる。
では、どうすれば脳は変わるのか。そこで運動が関係してくる。脳の可塑性の研究では、体を活発に動かすことほどに脳を変えられる、つまり神経回路に変化を与えられるものはないとわかっている。しかも、特別長く続ける必要はない。20分ほどのウォーキングやランニングで充分に効果がある。
ランニングによって脳が変わるメカニズムはGABA(ギャバ、ガンマアミノ酪酸)と呼ばれるアミノ酸が関係している。GABAは脳内の活動を抑制して変化を起こらないようにする、いわば「ブレーキ」の役目を担っている。しかし体を活発に動かすと、そのブレーキが弱まる。運動によって、GABAの脳を変えまいとする作用が取り除かれるのだ。そうなると脳は柔軟になり、再編成しやすくなる。
脳を「固まらない粘土」と考えるなら、GABAのブレーキ作用が抑えられることで、粘土がより軟らかく、成形しやすくなるということだ。運動を習慣にしていれば、あなたの脳は「子どもの脳」に近くなっていくのである。
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