イスラム世界の衰退は「微積分学」を拒否したから 知的世界で西欧の逆転許したプライドの高さ

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その意味では「法の解釈権」が、立法権に準じる権限であり、それをもつ者が「主権者」にもっとも近い立場にあることになる。そして法の解釈権をもつのは、意外なことに、イスラム社会では伝統的に、君主ではなくイスラム法学者で、最盛期には彼らがその役割を担っていたのである。  

彼らイスラム法学者は「ウラマー」と呼ばれるが、彼らを「宗教家」と呼ぶのは必ずしも妥当ではない。むしろ彼らは一種の知識人なのであり、さらに言えば彼らは数学者や天文学者、地理学者などと同等のカテゴリーに属する存在である。

イスラム世界では現代の産業社会と違って、単一の分野だけに職人的に精通しているだけの専門家は、必ずしも知識人としての高い尊敬を得ることはできず、いくつかの分野を修めた者でなければ「賢者」や知識人とはみなされなかったが、ウラマーというのは、本来そうした知識人全般を指すものなのである。  

つまり言葉を換えれば、イスラム法学者はそれら複数の学問分野の1つとしてイスラム法学を修めた人物なのであり、現実にはさすがに天文学者とイスラム法学者を兼ねている人物は稀だったようだが、もしそういう人物がいたとしても何ら奇異なことではなかったのである。

ウラマーは微分積分を受け入れなかった

ところがこのウラマーは、歴史の大きな流れのなかで近代西欧の新しいテクノロジーに対応することができなかった。彼らは代数学などでは高いレベルを誇っていたが、西欧が生み出した画期的な新兵器である「微積分学」を受け入れることができなかったのである。

この新兵器は、それを使えば天体であれ砲弾であれ空気の分子であれ、とにかくこの世の「動く物体」について、その未来位置を正確に予測して対応することができ、言葉を換えれば森羅万象の動きをすべてコントロールする能力を人類に与えた。

これはそれまでの数学とは次元の違うほどの威力をもつもので、その力がついには人類を月に送り届けることを可能にしたのであり、それをもつかもたないかは文明の能力として決定的な差となって現われる。そのため、それに乗り損ねたことは、イスラムが近代テクノロジーから脱落する致命的な要因となってしまったのである。  

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