イスラム世界の衰退は「微積分学」を拒否したから 知的世界で西欧の逆転許したプライドの高さ
では、なぜイスラムがそれに乗り損ねたかというと、それは、1つには皮肉にも彼らがむしろ高いレベルの数学をもっていたため、そのプライドが逆に災いしたこともあるが、西欧キリスト教文明が世界を「調和的宇宙=ハーモニック・コスモス」と考えたがるバイアスをもっていることが、大きく影響している。
これは、西欧が古くからもつ一種の性癖である「すべての現象は幾何学的にきれいな形に調和している」と仮定する考え方から生まれた発想であり、彼らは宇宙も幾何学的に整合性がとれた形をしているだろうと見なす傾向が強い。ところがその一方で微積分学は、問題が幾何学的にシンメトリー性を強くもっているほど威力を発揮する、という特性をもっているのである。
微積分学の弱点―「三体問題」が解けない
西欧キリスト教文明はそのような「ハーモニック・コスモス信仰」をもともと強くもっていたため、微積分学が現われたときに、他の文明よりも強力にこのツールに惹かれたといえる。たしかにそれは短期的には有効で、人類は物理的にも経済的にも巨大なエネルギーを解放して手にすることができた。
ところがそのエネルギーをどうコントロールするかという段階で、無視していたその弱点がもろに表面化することになり、現代文明はそれに苦しめられているのである。
さらに、実はこの微積分学には弱点もあった。それは、微積分学では「三体問題」が解けないということである。
「三体問題」とは、同程度の大きさの天体が3個あると、それらの各天体の未来位置は予測できなくなってしまうという数学上の難問である。各惑星が太陽に比べてサイズ(質量)が小さい場合には、各惑星同士の引力は全体からみれば小さなものとして無視し、それぞれの軌道をばらばらに分解したうえで、微分積分を用いて未来位置を算出することができる。
しかし惑星のサイズや質量が大きくなって太陽と差がなくなってくると、それぞれの軌道をばらばらに分解して計算すると、実際の位置と齟齬が生じてしまう、というより問題自体がまったく解けなくなってしまうのだ。
しかし当時の啓蒙思想家たちは、この難問は例外的な障害であって、普通のほとんどの問題はこれを避けて通れると考え、いわばそこから逃げる格好で見切り発車をしてしまった。ところが実際には、むしろばらばらに分けて解くことができない三体問題のような問題のほうが一般的だったのである。
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