永守重信氏の「後継者難」に映る日本電産の泣き所 「優秀な外様」とは理想の親分子分関係を築けない
寿命だけはM&Aで手にすることはできない。生きていても老化すれば大病を患う確率も高くなる。今と同じようにハードワーカーでいられる保証はない。このことは、本人がいちばんわかっているだろうが、そのことを口に出すことはない。
永守氏には自身の美学がある。つねに「上昇」を志向している。それを象徴するのが、本社ビルに飾ってある複数の絵画である。いずれも日が昇る光景を描いたものばかりだ。夕日が沈む絵は1つもない。上昇あるのみ、1番以外意味なし、とする永守氏にとって、沈む姿を見せたくないという気持ちは今も変わっていない。
一方、30年以上前から永守氏を間近で見てきた筆者は、近年、永守氏も変わったな、という印象を持っている。
筆者が永守氏に対して持ち続けてきた印象は、「厳しいが、どこか憎めない愛すべき人」である。松下幸之助氏は、いい意味で「人たらし」と言われていたが、永守氏も人心を掌握するにはどうしたらいいかと考え、人間関係、組織管理に工夫を重ねてきた努力の人である。その例をいくつか挙げておこう。いずれも、本人が話した人心掌握のコツである。
手紙を出すときは、パソコンでプリントアウトした文面であっても必ず一筆添えてある。年賀状をいただいたことがあるが、そこにも一筆自筆でメッセージが書かれている。冠婚葬祭、とくに葬儀には丁寧に対応する。
これらの細かな日常の工夫に加えて、永守氏に見る人心掌握の真骨頂は話し方にある。人の心をつかむのがうまく、内容が印象に残る。この資質は、リーダー、とくにトップにとって大切な要素である。まず、声色がスピーチに向いている。田中角栄・元首相の声色とは異なるものの、かなり通りがよく、大声で話すスピーチを聞いていると説得力を感じる。
ユーモアの使い方が抜群にうまい
そして、何よりもうまいのがユーモアの使い方だ。インタビューをしていても必ず笑わせてくれる。アドリブ芸の達人である。ユーモアが自然に口から出てくるという関西的ノリもあるが、スピーチでは、ユーモアの効用を確信しており、意識的に活用している。
「厳しいが、どこか憎めない愛すべき人」だった永守氏は、近年、厳しさが前面に出すぎ、厳しさと愛嬌の絶妙なバランスが崩れかけてきたのではないか、と感じられるようになってきた。社内で永守氏を長く見てきた人にとっては、昔と変わっていないように見えるかもしれないが、外部の人間である筆者の目にはそう映る。多様な意見の1つとして受け取っていただきたい。
人は歳月、経験、環境とともに変わる存在。それこそが成長である。だから、変化することを否定しているわけではない。人は複雑な存在であるので、単純に評価するのは危険な行為であると自覚している。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら