永守重信氏の「後継者難」に映る日本電産の泣き所 「優秀な外様」とは理想の親分子分関係を築けない
ところが、実際、社長候補、社長、さらにはCEOとして仕事をさせてみると、永守氏が想定していたほど実績が上がらない。年功序列も関係ない完全実力主義の日本電産においては「実績がすべて」。それだけに、永守氏の期待が大きければ大きいほど、大きな結果を出さなければならない。その期待に応えなければ落胆は一層大きくなる。まさに、「可愛さ余って憎さ百倍」と言ったところか。信賞必罰の罰執行も厳しく「すぐやる、必ずやる」。
永守氏が「優秀な外様」を採り始めてから使い始めた言葉が、「知的ハードワーク」だった。知的ではあったが、「ハードワークを基本とする企業文化」が、大企業、品のいい外資系企業で育った「おぼっちゃま」には合わなかったのだろうか。
永守氏は、「関氏がCEOに就任してから、ハードワークを基本とする企業文化が失われていった」と嘆いている。世間一般の夫婦が離婚する原因として「価値観の相違」をよく耳にするが、まさに、永守氏と関氏の離婚は、企業文化をめぐる価値観の相違によるところが大きいようだ。
日本電産のように独自の家風(企業文化)を守ろうとすれば、トップが後継者を選ぶ場合、職務能力だけでなく、その会社の企業文化が血肉になっている精神性(企業家精神)の有無を登用条件の優先事項に据えるべきではないか。
リーダーを育てる時間がなかった?
永守氏は徹底した合理主義者である。時間を最も大切にしている。惰眠をむさぼることを許さない。だから時間を金で買う。それを象徴する企業行動が、日本電産が急成長するうえで原動力になったM&A(企業の合併・買収)である。この方法をトップ人材の獲得にまで応用したように見える。
市場関係者の間で使われる「永守リスク」とは、永守氏がいなくなった後の日本電産はどうなるのか、という懸念である。大きな非財務リスクとなっている。それだけに、後継者問題で近年足踏みしている状況に、市場は株価下落という結果で反応した。
「後継者を育ててこなかったことが永守氏最大の失敗」と指摘する声は少なくないが、あまりにも急激に成長し、巨大化した1.5兆円(2021年度)企業の日本電産を率いていけるリーダーを育てる時間がなかった。それが、同社、永守氏の本音ではないか。内部で育ちつつあるものの、まだまだ時間がかかる。それまでのつなぎとして、リリーフ投手役を務めてくれるエグゼクティブが必要であると考えたのだろう。
事業では自社にない能力と時間を買うために、技術は一流だが、経営は三流である企業を中心に、M&Aを積極的に推進した。すべて成功した、と永守氏は豪語している。その極意は、「任せて任せず」だという。見て見ぬふり、である。
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