その後も粘り強く清と交渉。7回目の会談にまでもつれ込むと、大久保は清政府に決別の書簡を送っている。それだけではない。書簡の写しをわざわざ、各国の公使に送りつけたのである。
各国が「日本と清が戦争したほうが得か損か」を考えたことだろう。あえて清以外の大国を巻き込むことで、日本の主張の妥当性をアピールしたのである。
その結果、イギリス公使のウェードが本格的に調停に乗り出してくる。そして、帰国の数日前に、清が50万両を出すと言ってきた。内訳は、避難琉球民への支給が10万両、日本政府への諸経費が40万両である。
日本からの要求は200万両だったことを考えると、4分の1だ。国民感情も鑑みて葛藤もあったが、大久保は和平を優先し、これで手を打っている。
清のメンツを保った大久保
台湾出兵の妥当性を認めさせて、戦争を起こさない――。
それが第一の目的だったが、結果的には賠償金まで得られた大久保。大金星といってもよいだろう。
また、大久保は列強に翻弄される清への気遣いも見せている。清からすれば、日本への支払いの名目を「補償金」とするのは避けたかった。清帝国から被害者への「撫恤銀」だと主張してきたので、大久保はその提案を受け入れている。
清を相手に堂々と渡り合った大久保だったが、日記に人知れず「一大事に困苦に至り」と弱音を吐くこともあった。また、イギリスの仲介で助かったものの、できれば独立国として、どの国にも借りを作らずに問題解決をしたかったという思いもある。
それでも、100%の理想を追い求めずに、そのときに限りなくベストに近い選択を繰り返す。そして少しずつ状況を好転させていく。
そんな現実主義者の大久保らしい外交手腕が、十二分に発揮されることとなったのである。
(第46回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
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