そこで、2010年、心理学者のダグラス・ケンリックらが、おもしろい実験をしています。
研究チームはまず、異性愛者の男性を集め、そのうち半数には魅力的な異性の写真を見せ、残り半分には一般的な建物の写真を見るように指示。その後で、すべての参加者に 「いま2000ドルを使うとしたら、どのようなものを買いますか?」 と尋ねました。つまり研究チームは、性的なイメージを刷り込まれた男性は、その後で買い物の仕方が変わるのではないかと考えたわけです。
果たして、結果は予想どおりでした。魅力的な異性の写真を見た男性ほどブランドのサングラスや高級カーステレオなどの高級品を欲しがり、低価格のジーンズやオーブントースターには金を払う気がなくなったのです。
念のためつけ加えておくと、実験の参加者は「いま私はモテたい気分が高まった」などと意識したうえで消費行動を変えたわけではありません。あくまで本人も意識できないレベルで起きた本能の動きが、商品選びの変化にまでつながっているのです。
この点を明確にしておかないと、つい私たちは「人間はモテるために買い物をする」のような単純思考にハマりがちです。ご注意ください。
「ドリルを売りたいなら穴を売れ」だけでいいのか?
以上をふまえ、果たして進化論の視点は、マーケティングにどのようなメリットをもたらすのでしょうか?
ポイントは3つです。
マーケティングの世界には、「ドリルを売るなら穴を売れ」 という有名な言葉があります。ハーバード・ビジネススクールのセオドア・レビットが考案したもので、「ドリルを買う客が欲しいのは、ドリルそのものではではなく、ドリルを使って開ける穴だ」という比喩を使い、顧客のニーズを理解することの重要性を示した名言です。いくら質が高い商品でも、ニーズがなければ意味がないのは言うまでもありません。
しかし、そこで思考を止めてしまうと、あなたはすぐ壁に突き当たるでしょう。この考え方だけでは、「そもそも客はなぜドリルの穴が欲しいのか?」がわからないからです。
確かに「客はドリルで穴を開けたがっている」のが事実だとしても、そのニーズが生まれた理由はいくつも考えられます。 記念写真を壁に飾りたい、棚を作って収納スペースを増やしたい、テレビを壁に設置したい、家電の配線を通したい……。
記念写真を飾りたいユーザーにはノスタルジーを強調した宣伝のほうが響くでしょうし、棚を作りたいユーザーには整理整頓された部屋のイメージを訴えたほうが効果は高いはずです。要するに、「穴を売れ」だけで終わってしまうと、より深いニーズに対応しにくいのです。
その点、進化論を使ったアプローチでは、約600万年におよぶ歴史をベースに人間の消費をとらえ直し、「ヒトとは何を欲しがる生き物なのか?」を根っこから考えていきます。
その作業は決して楽なものではありませんが、「穴を売れ」よりも、深い仮説を作り出せるのは間違いありません。
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