「ネットで多くの人が支持するから正しい」の誤解 きちんとした理由がなければ正当とみなせない

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裁判官も人間だし、人間がやっていることを、人間が作った法で評価するので、完璧なものにはなりませんが、どういう「理由」でこうなったかははっきりさせておかないといけない。判例変更する場合では、これまでの法律・判決では想定されていない〇〇の事態が明らかになってきたので、△△に変更する、などと理由を付けないといけません。

それを民主主義に応用したのが、熟議民主主義だとすると、単純に多数決を取るのではなく、それぞれの立場が論拠を明確にし、審議する。そして、ちゃんとした「理由」ではないものを落としていって、どうしても絞りこめなくなったところで多数決が必要になるのです。

正しさを決めるプロセスを理解する

当然、どういう「理由」で決まったかは記録に残るので、後で関連する問題で審議するとき、その理由は今でも妥当か、考え直すべきか、考える土台になるはずです。それは、民主主義を、異なった利害を代表する集団の間での、利益調整という形での妥協形成という見方の対極にあります。

社会における情報も、特に学問的、専門的なものは、どういうプロセスを経て公認の知になっていたのかが大事です。そのプロセスが、その専門領域の議論のルールに従っていたのか。

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その専門分野の判断基準をきちんと把握し、公開されていないなら公開するよう要求する。判断基準が公開されているのに、それを検証しないで、ネット上の黒い噂を信用して、どうせインチキだと言ってはいけませんね。このような「噂話」は評価基準を知らない人間が言っていることが多いのです。評価の基準と手続きの両方をクリアしているかチェックしたうえでの批判でないと、意味がありません。

どういう理由でそうなったのか把握していて、ちゃんと説明できる人が、その議論における「権威」――この場合の「権威」とは、その専門領域のルールに通じていて、公平な判定者として実績があり、そのために信頼されている人という意味です――になっているのであればいいですが、そうではなくて、(自分から見て)人気があるとか、社会的に偉い人とかを権威にするから、無茶苦茶になってしまいます。

仲正 昌樹 金沢大学法学類教授

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なかまさ まさき / Masaki Nakamasa

1963年広島生まれ。専門は、法哲学、政治思想史。東京大学教養学部理科I類を経て、東京大学教育学部に進学。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。著書に『集中講義! 日本の現代思想』『集中講義! アメリカ現代思想』『いまこそハイエクに学べ』『今こそアーレントを読み直す』『ハイデガー哲学入門』『カール・シュミット入門講義』『〈ジャック・デリダ〉入門講義』『精神論ぬきの保守主義』他多数。

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