彼女が尊敬できる、知的で思いやりのある人間だということがよくわかっていたアダムは、「なぜ彼女のような人がワクチンに懐疑的になるのだろう?」と考えるようになった。
まず、ワクチンに関する専門家の意見に懐疑的な人がいても、それはおかしくないということ。鉛塗料、タバコ、しゃ血など、専門家が一般市民に向けて安全だと伝えていたことが、のちに害をもたらすと判明した前例は少なくない。専門家が「ワクチンは絶対に安全です」と自信たっぷりに言っても、疑心暗鬼になってしまう人がいるのは無理もない。
不備を認めると、相手が歩み寄りやすい
アダムの妻にも、医師を信用できない個人的な理由があった。10代のころに飲んでいた薬で、ひどく気分が悪くなったことがある。「脳に悪影響が生じるのではないか?」と悩んで病院に行ったが、医師はとりあってくれなかった。
いったんワクチンや医療を疑う気持ちが芽生えれば、その疑念を裏づける証拠は簡単に見つかる。現代医学に否定的な代替医療の団体や組織は無数にあり、「予防接種を受けた子どもが自閉症になった」といった情報を大量に発信している。
アダムの妻の姉も、このような代替医療の業界に属していた。「自然療法家」を自称する彼女はワクチンを徹底的に研究した結果、「有害である」という確信を抱いており、アダムの妻にも影響をもたらしていた。
「ワクチン反対派の立場は理解できる」
そう思ったアダムは、見下した態度をとらずに妻と話し合う機会を待った。その機会は2015年の夏、「パンデムリックス」というワクチンが子どもに発作性睡眠(ナルコレプシー)を誘発するという事実が明らかにされたときに訪れた。医学界や主要メディアは反ワクチン主義者が勢いづくことを恐れ、この事実をなかなか認めようとしなかったが、医療業界はほどなくしてこの問題を認め、しかるべき対策がなされた。
アダムは、このときこそ「自分が歩み寄るいいチャンス」になると考えた。
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