安倍元首相が日本を地経学の中に位置づけた意味 QUADやCPTPPの創設により何がどう変わったか

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TPPの交渉に中国を入れなかったのは、中国の求める基準に合わせれば、質の高い自由貿易協定を結ぶことは難しくなり、それは日本が目指す国際経済秩序を創り出すことにならないからである。実際、中国はCPTPPの成功を見て加盟申請に踏みきり、日本が中心となってまとめた質の高い自由貿易協定に参加することを希望している。

地経学的に見れば、日本は中国の加盟に拒否権を持つことになり(新規加盟を認めるのは既加盟国の全会一致が必要)、中国の貿易慣行や国内改革をCPTPP水準に合致させる立場を手に入れた。安倍元首相がアメリカの離脱にもかかわらず、CPTPPをまとめ上げたことで、中国に対する強い影響力を持つにまで至ったのである。

日本にとって自由貿易を維持することは、資源が乏しく、食料も輸入に依存する中、国家の存亡は自由貿易を拡大できるかどうかにかかっている。アメリカの離脱で国際経済秩序が「自国ファースト」に向かう中、自由貿易体制を守っただけでなく、中国の国内体制を変革させる力を手に入れた。まさに、地経学的な逆転劇であり、それを実現した安倍元首相の外交は、日本外交の金字塔と言ってもいいだろう。

4.安倍元首相のレガシー

安倍元首相は首相在任期間中、さまざまな実績を残したが、多くの注目が集まるのは平和安保法制や憲法改正をめぐる問題であり、地経学的な観点からの評価はあまり多くない。しかし、ここで述べたようにQUADを通じた経済安全保障の可能性を開き、CPTPPの創設によって国際経済秩序の形成を目指したことなど、そのレガシーは大きなものがある。

これは安倍元首相が、台頭する中国の経済力の前に日本の存在感が薄れる一方、日本経済は一層中国に依存していくという状況を前にして、いかなる戦略を取るべきかを考え抜いた結果であった。その戦略を引き継ぎ、発展させていくことこそ、残された我々に課せられた課題であろう。

(鈴木一人/東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所長)

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