多くのがん患者さんが、自分は将来、身体的な痛みで苦しむのではないかということを、とても恐れます。そして、冒頭のAさんのように、死にまつわる不安が語られるときに、死そのものより、そこに至る過程を恐れているという方が、実は多いのです。
「予期不安」という言葉があるように、 不安という感情は情報が少なくて不確実であるほど大きくなります。なので、私は患者さんが身体的苦痛についての不安を語られるときには、ネガティブな情報も含め、きちんと現状をお伝えするようにします。
Aさんに対しても、私は次のように話しました。
「多くの人が、死ぬまでの過程において苦しむのではないかということを心配します。しかし、これは“壮絶ながんとの闘病生活”などと書き立てられた頃の、昔のイメージを引きずっている可能性があります。
私は20年以上がん医療の現場にいますけれど、この間にがんの治療だけでなく、痛みなどの苦痛を取る技術も大きく進歩しました。昔は痛み止めの麻薬といえばモルヒネしかありませんでしたが、今はたくさんの痛み止めが開発され、治療手段は広がりました」
医療者の痛みに対するとらえ方が「がまんするもの」から「緩和させるもの」へと変わり、鎮痛技術も進歩しました。昔は痛みがあるのが当然のように思われていましたが、今はAさんのようにきちんとした診療を受けている方であれば、耐え難い痛みを経験しないほうが普通だと感じます。
「苦痛少なく過ごせた」は約4割
しかし、一部の人は身体的苦痛が十分に緩和されず、苦しい思いをしていることも実態としてあります。
国立がん研究センターがん対策研究所が行った、がん患者さんのご遺族を対象とした調査(「患者さんが亡くなる前に利用した医療や療養生活に関する実態調査」)の最新版(2020調査)がついこの間、発表されました。
それによると、患者さんをかたわらで見ていたご遺族のうち、「患者本人が身体的苦痛が少なく過ごせた」と回答した割合は、半数以下の41.5%でした。一方、「亡くなる前に耐え難い強い痛みを感じていた」と回答した割合は、28.7%でした。
痛みの感じ方は人によって違い、また心の状態にも左右されます。ある人にとって中程度の痛みが、別の人にとっては耐え難い痛みとなることもあります。 また、耐え難い痛みを感じている人のなかには、症状を訴えられない人や、対応してもらえる医療につながっていないケースもあります。
ですので、Aさんはつらいときに、体の苦痛を取ってくれる信頼できる緩和ケアの専門医と連携をとっておくと、苦しむ可能性をかなり低くできると思います。
痛みの緩和については、こんな調査もあります。
聖隷三方原病院(静岡県浜松市)緩和支持治療科の森雅紀部長、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)緩和医療科の三浦智史科長らが行った、全国の緩和ケアの病棟に入院した患者さんを対象とした調査「緩和ケア病棟に入院された患者さんに関する調査結果」です。
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