金融引き締めよりも「さらに深刻な懸念」とは何か なぜFRBのパウエル議長は「間違い続ける」のか

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もっとも、FRBはインフレに関しては、現時点でもっとも懸念すべきものであり、今後インフレ抑制に全力を注ぐと明確に宣言している。実際に0.75%の利上げを打ち出すなど、さすがにこれ以上はインフレ対策に関して後手に回ることはないのかもしれない。

問題は、積極的な引き締めで訪れる、将来的な景気の落ち込みに対する見通しの甘さである。議長は将来的にリセッション(景気後退)に陥る可能性に関して、現時点ではそれほど高くないという、楽観的な見通しを述べている。だが、こちらのほうでも再び見通しを誤るのではないかとの懸念が、今後市場で高まりそうだ。

インフレを抑え込む=「景気を全力で悪くすること」

実際、こうした議長の見通しには、根本的に無理があるのではないか。今のインフレは基本的に供給面の問題によって起きている。新型コロナウイルスについては当初よりも致死率は低下したものの、感染拡大はなかなか収まらず、サプライチェーンの問題が解消しない。今も中国が依然として「ゼロコロナ政策」を頑なに維持していることで、需給ギャップが解消に向かう道筋が完全には見えてこない。

また、石油業界への長年の投資不足の影響で、主要産油国の生産余力が極めて少なくなっている。そしてロシアによるウクライナ侵攻の長期化だ。「世界の穀倉地帯」への侵攻で、同国の穀物生産は今後も大幅に落ち込む懸念が高まっている。

インフレが過剰な需要で進んでいるのなら、中央銀行が少し金融を引き締めるだけでも効果があるのかもしれない。だが、残念ながら利上げで供給は増えない。モノの需要と供給のバランスによって決まるのだから、こうした状況下でインフレを鎮静化させるためには、供給の減少分を上回るまでに需要を落とさなければならないことになる。

これらは、別に経済学を勉強していなくとも理解できることだ。需要を大幅に落とすということは、すなわち景気を悪くすることに等しい。パウエル議長が全力でインフレの抑制に取り組むといくことは、全力で景気を悪くするということにほかならない。

もし仮に景気の先行きに関して楽観的なパウエル議長の見通しが正しいとすれば、今度は需要がそれほど落ち込まず、そのためインフレが高止まりを続ける、あるいはさらに進んでしまうリスクが高くなる。

その際はまた金融引き締めが後手に回りかねず、再び大幅な利上げ実施となりかねない。いずれにしても、景気は悪化するわけで、景気後退に陥ることも十分にありうる。もし、今後もFOMCでの甘い金融見通しが市場の不信を一段と高めるのなら、それだけでも株式市場からの資金逃避が進む。

今後、さすがにインフレは沈静化することになりそうだ。だが、それは景気の悪化による需要の落ち込みによってしかもたらされないということは、しっかりと頭に入れておくべきだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

松本 英毅 NY在住コモディティトレーダー

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まつもと えいき / Eiki Matsumoto

1963年生まれ。音楽家活動のあとアメリカでコモディティートレードの専門家として活動。2004年にコメンテーターとしての活動を開始。現在、「よそうかい.com」代表取締役としてプロ投資家を対象に情報発信中。NYを拠点にアメリカ市場を幅広くウォッチ、原油を中心としたコモディティー市場全般に対する造詣が深い。毎日NY市場が開く前に配信されるデイリーストラテジーレポートでは、推奨トレードのシミュレーションが好結果を残しており、2018年にはそれを基にした商品ファンドを立ち上げ、自らも運用に当たる。ツイッター (@yosoukai) のほか、YouTubeチャンネルでも毎日精力的に情報を配信している。

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