山崎邦正⇒月亭方正の転身の裏に見た絶妙な導き 転身者が自分を変えようとする時の偶然の出会い

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その後、2009年12月に月亭方正は正式に上方落語協会に入った。そこでもいろいろともめたらしい。月亭方正は師匠の月亭八方から何も聞いていないが、他の師匠から「おまえが協会に入る時は大変やったんやぞ」とのちに聞く。反対派の人は「何でやねん! あいつ修行したんか?」という意見もあったが、八方師匠が「もし方正が何かしたら、自分もやめるから」と言って入会が認められたことを聞いた。当然彼は感動したが、なぜ師匠がそこまでやってくれるのかわからなかったとも述べている。

彼は子どもが生まれた時は嬉しくて、周りがすべてキラッキラに見えたという経験があった。初めて落語をさせてもらった時もそれと同様で、お客さんとか、自分の持っている扇子とか、とにかく全部キラッキラに光って見えたという。やっと自分の魂が求めていたものに出合ったからだろう。

師匠とメンター

タレント山崎邦正から落語家月亭方正への転身においては、月亭八方師匠の存在を抜きには語れないだろう。月亭方正自身も、八方師匠についていなければどうなっていたかわからないとも語っている。

また彼の歩みのプロセスを見れば、東野幸治の「古典落語を聴いてみたら」というアドバイスや月亭八光とのテレビ出演がなければ転身の形は相当変わっていただろう。自分自身の力だけでは転身すること自体できなかったかもしれない。

多くの転身者の話を聞いていると、この月亭方正の場合と同様に、思いもかけない出会いに導かれていることが多い。しかもこの偶然と思える出会いは、「自分をどこに持っていけばいいのか」「他人に喜んでもらうためには何をすればいいのか」などと自分を変えようとする時に出会いが生まれている。組織の枠組みの中で、仕事本位で働いている人は、そうした偶然に巡り合わない。

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このように導いてくれる存在は、取材から見れば2つのパターンがある。あえて言えば師匠とメンター(助言者)と呼んでもいいかもしれない。師匠とは、転身者がその人の一挙手一投足を学ぶことによって次のステップに近づくことができる、お手本のような人である。

月亭八方師匠は文字通り師匠であるが、役職などには関係なく、自分の立場を変えようとする人が次の世界に行くためにお手本になる人であれば、師匠と呼んで差し支えない。

一方でメンターとは、アドバイスや助言、または人を紹介するなど転身のプロセスの中で何らかの形で転身先に到達する方向性を支援してくれる人である。先述の古典落語への興味を呼び起こしてくれた東野幸治は、月亭方正にとってメンターの一人だと言っていいだろう。師匠やメンターの助けを借りて転身先に到達する人は多い。もちろん、それはその人にすがって助けてもらうという意味ではない。あくまで本人の主体的な姿勢が転身の前提にあるのだ。

楠木 新 人事コンサルタント

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くすのき あらた / Arata Kusunoki

1954年神戸市生まれ。1979年京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長等を経験。47歳のときにうつ状態になり休職と復職を繰り返したことを契機に、50歳から勤務と並行して「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年に定年退職した後も精力的に活動を続けている。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表。著書に、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『定年後』『定年準備』『転身力』(共に中公新書)など多数。

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