山崎邦正⇒月亭方正の転身の裏に見た絶妙な導き 転身者が自分を変えようとする時の偶然の出会い

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もちろんこの世界で20年やってきているので、テレビの生放送で笑いを取る自信はあった。でも、それは必ずしも彼が求めているものではなかった。40歳を前にして大きく落ち込んだという。自分はどうすればよいのかと考えた時、思いついたのは新喜劇をやりたいということだった。そして松竹新喜劇の藤山寛美のビデオや吉本新喜劇のDVDを取り寄せて毎日見ていた。ところが当然ながら1人では新喜劇の練習すらできない。

その頃、芸人として先輩の東野幸治にテレビの仕事以外にも何か挑戦したいと相談したところ、「桂枝雀さんの落語、聴いてみたら」と勧められた。

実際に桂枝雀の「高津の富」を聴いてみたところ、こんなに面白いものが世の中にあるのかと感じてそのとりこになった。それから古典落語をほぼ毎日聞いていると、これは1人でやれる新喜劇であることに気がついた。いくつもの役柄を座布団の上で1人で演じることができる。「よっしゃー。ずっと探してたんは、これやったんや」と思った。

私はある落語会が終了した後で、桂福團治師匠と同じテーブルで話を聞く機会に恵まれたことがある。その時に師匠から「落語は総合芸術なので自分1人で何でもできる」という趣旨の話をうかがったが、それに近いことを方正は感じたのだろう。

聴くだけでなく自分でもやってみようと

テレビを中心に仕事をしていた時には、落語などの古典芸能にはあえて目を向けていなかったが、実際に聴いてみると落語の面白さに魅了された。その後、「聴くだけでなくやってみたい」と考えるようになった方正は、本格的に落語の勉強を始めた。

ただ、古典落語は噺家の共有財産でもあるので、演じるのに落語家に許可をもらう必要もあると考えた。落語家との付き合いはほとんどなかったが、テレビで一緒に仕事をした月亭八光を通して実父の月亭八方師匠の落語会で客演として落語「阿弥陀池」を演じた。2008年5月のことである。

その日の打ち上げの席で八方から「月亭方正」の名をもらった。その時は、立川談志師匠が北野武を弟子にしたように、本格的な落語家としての弟子ではなく、Bラインというか、有名人などを弟子にするイメージではなかったかと月亭方正は語っている。その後も月亭八方が主催する毎月の落語会で毎回異なるネタを舞台にかけていた。それこそ落語漬けの毎日が続く。

月亭方正が落語家になることには、落語家の中にも異なる受け止め方があったと、彼はテレビ番組で語っている。「テレビで売れてるんやからそこでやっていたらいいじゃないか」と考えるグループもあれば、「よう来てくれた。これから一緒に古典落語のすそ野を広げてくれ」というグループもあった。月亭方正は、自分は横入りみたいなものなので、前者の考え方があるのも当然だと語っている。

次ページ後に月亭八方師匠から聞かされた話
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