沢木耕太郎が三浦一族の屋形跡で見た"2つの夢" 「飛び立つ季節 旅のつばくろ」からエッセイ紹介

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意外に充実した商店街を抜け、右折して三崎街道という広い道をひたすら歩きつづけた。

しかし、なかなか次の目標とする、もう一本の広い通りに辿り着かない。果たして、この道でいいのだろうかという疑念が兆してくる。誰かに訊こうにも、歩いている人などひとりもいない。

と、そのとき、反対方向から大きなスポーツバッグを肩に掛けた高校生くらいの少年がやって来た。

「道を教えてもらってもいいかな?」

私が声を掛けると、少年は少し驚いたように立ち止まり、「はい」と言った。その返事を聞いて、助かった、と思った。彼はきっとスポーツ関係の部活動をしている少年に違いない。

「衣笠城址って、知ってる?」

「キヌガサジョウシ……」

少年は首を傾げ、しかし、素早くポケットからスマートフォンを取り出すと、文字を打ち込み、出てきたらしい地図を眺めながら「ああ、あそこか……」と呟き、説明してくれた。

「ここを真っすぐ行ったら、信号を……」

だが、そこまで言いかけて、「案内しましょうか」と言い直した。忙しくないのか訊くと、もう練習は終わりましたからと言う。そこで、ありがたく少年の言葉に甘えることにした。

少年との出会い

歩きながら、彼が高校三年生で、サッカー部に所属しているのだという話を聞いた。

「この夏の戦績はどうだった?」

「ぜんぜん駄目でした」

「高校卒業したらどうするの」

「就職します」

「サッカーは?」

「続けます。地元のチームに入って」

「いいよね。もしかしたら天皇杯に出られるかもしれない」

「そんなに強いチームじゃないんですけど」

「わからないよ、ジャイアント・キリング〈大物食い〉を繰り返して、J1のチームと戦えるようになるかもしれない」

「そうですね」

そして、はにかむような口調で言った。

「長友さんだって、高校時代は無名だったし」

確かに日本代表の長友佑都が注目されはじめたのも二十歳を過ぎてからだった。

「そうさ、頑張って」

そんなことを話しているうちに、早くも目的の地点に着いたらしく、少年が言った。

「ここを渡って、あの横の道を登っていけば着くみたいです」

私は礼を言って少年と別れ、その細い坂道を登りはじめた。

暑い。昼下がりの陽光に照りつけられて、体中から汗が噴き出てくる。

十分ほど登ると、右斜面に設けられた階段の脇に「衣笠城址」という小さな石の標識が据えられている。どうやら、この上にあるらしい。

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