アメリカ「中絶反対派」がこんなにも強力な理由 小さな街で取材してわかった反対派の実態

拡大
縮小

もし非合法時代に逆戻りして、中絶のアクセスを失う女性たちが出てくれば、再び命を失う女性が出てくるとマーシュさんは危惧する。彼女は、中絶反対派のキリスト教信者の親戚の女性と会話していた時に、相手にこう尋ねたという。

「過去に中絶経験がある女性で、その後の人生を元気に無事に生きている人を、個人的に知っている?」その女性は「そんな人は知らない」と答えたという。 

そこでマーシュさんは「今、あなたの目の前にいるんだけど。私には中絶経験があるけど、自分の人生を精一杯生きていて、当時の選択を後悔してはいない」と告白した。その場に同席していたエリサさんの娘で現在15歳のテアさんは「お母さん、中絶経験があったの?」と驚いたという。

親戚と娘の前で自分の過去を告白したエリサさんはこう言う。「中絶は自分にとって決して簡単な決断ではなく、苦しみはしたけど、当時の自分にとってはあの選択が正しかった。中絶を恥だと思い込ませ、中絶経験者の口を封じようとする風潮を打破したいと思う」と言った。

同性婚が合法の時代に中絶が非合法!?

娘のテアさんは、中絶をすでに非合法と定めた他州から、カリフォルニアに州を越えて来た友人を知っている。「友人は同い年の15歳。親には妊娠の事実を言えず、たった1人で州を越えて中絶手術できるクリニックを探しにやってきた」と言う。

中絶の権利の保護を訴えるエリサ・マーシュさん(右)と娘のテアさん(写真:筆者撮影)

筆者が取材をしてきたミシガン州では「中絶は4年以下の懲役刑に処する重罪」とする1931年の法律がまだ残っている。もし最高裁が連邦政府レベルでの「中絶合憲」を覆せば、この古い法律を適用する街が出てくるかもしれない。

テアさんは言う。「同性婚が合法化されたのは私が6歳の時だった。同性愛者の自分にとって、最高のニュースだった。そんな現代に、中絶が非合法の時代に逆戻りなんて信じられない。そもそも女性1人で妊娠するわけではない。アメリカ議会の75%を占める男性たちを味方につけて、非合法化を避けなければ、私たちの世代の10代の女性たちが犯罪者になってしまう時代がくる」。

宗教と政治とさまざまな感情が絡み合ったアメリカの中絶問題。最高裁判所が新たな決断を下す日は明日かもしれない。

長野 美穂 ジャーナリスト

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

ながの みほ / Miho Nagano

米インベスターズ・ビジネス・デイリー紙記者として5年間勤務し、自動車、バイオテクノロジー、製薬業界などを担当した後に独立。ミシガン州の地元新聞社に勤務した経験もある。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT