「明日へのマーチ」に映る桑田佳祐の超バランス感 震災復興へシャイで押しつけがましくないスタンス

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そんな窮屈な空気が立ち込め始める中、桑田佳祐は、牧歌的なアレンジを選択し、かつ歌詞も、直截的なメッセージを控え、情景描写が延々と続くアプローチを選択した。

「♪遥かなる青い空 どこまでも続く道」と、歌い出しからシンプルな情景描写である。ただその描写が「明日へのマーチ」というタイトルの下で発動するのだから、その「空」、その「道」は必然的に東北の「空」「道」ということになる。

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注目するべきはサビの「♪願うは遠くで 生きる人の幸せ」というフレーズだ。桑田佳祐の発音を聴けば、この「遠く」(とおく)に意図的に「東北」(とうほく)を込めているように思われる。ただし歌詞カードには「遠く」としか書かれていない。つまり、さりげなく、そっと忍ばせているのだ。「東北」のことを。

このあたりのシャイさ、押し付けがましくないスタンスこそが、桑田佳祐的と言えるだろう。「願うは東北で 生きる人の幸せ」となれば直截過ぎて、汎用性が損なわれよう。「♪願うは遠くで 生きる人の幸せ」とすることで、地理的エリアとしての「東北」を超えて、聴き手それぞれの心の中にある「遠くで生きる人」全てに、作品が開かれていく。

そう考えると、次に来る「♪風吹く杜」の「杜(もり)」は、「杜の都」と言われる仙台のことを込めているはずだ。また「♪芽ばえよ かの地に生命(いのち)の灯を絶やさず」は、原発事故によって広いエリアに避難指示が出て、人の命が見えなくなった福島県のことを指すのかもしれない。

時事通信社による「帰還困難区域」の定義(21年2月時点)――「東京電力福島第1原発事故後に年間放射線量が50ミリシーベルトを超え、国が原則立ち入りを禁止した区域。原発周辺の7市町村にまたがり、面積は県土の約2.4パーセントを占める約337平方キロメートル。住民登録者は2021年1月末で約2万2000人」──あれから10年経っているにもかかわらず、である。

願うは、遠くで生きる人の幸せ。芽ばえよ、かの地に生命の灯を絶やさず──。

「輝く海 美しい町」

東日本大震災後、桑田佳祐の動きは早く、精力的だった。先に紹介した「チーム・アミューズ‼」版の《Letʼs try again》の発売が11年5月。《明日へのマーチ》を含むトリプルA面シングルの発売が8月。

そして、大震災からちょうど半年後となる9月10日・11日には「宮城セキスイハイムスーパーアリーナ」の一般利用再開後初のライブコンサートにして、桑田本人の病気療養後初の復活ライブとなった「宮城ライブ~明日へのマーチ‼~」を開催。ちなみにこの「宮城セキスイハイムスーパーアリーナ」(宮城県総合運動公園総合体育館)は、大震災後、災害で亡くなった人々の遺体安置所になっていたところである。

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