「受信料だけじゃない」NHKと放送をめぐる議論 「公共放送」の存在意義をあらためて考える

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NHKのガバナンスは、会長を経営委員会が選出することが基盤となる。長らく経営委員は大学教授の名誉職のような扱いで、事実上NHKの事務局が提案した会長を承認することで役割を果たしていたそうだ。だが制度上、経営委員は国会の同意を得て総理大臣が任命する。つまりやろうと思えば与党がコントロールできる。それを実際に行ったのが、第一次安倍政権とその時の菅総務大臣だったと言われる。2007年、NHK経営委員長に富士フイルム社長の古森重隆氏が任命されたのは、安倍・菅ラインの意向だったとの噂だ。それまで名目的な意味でしかなかった総理大臣の任命権を、意志を持って行使する手法は、菅政権での日本学術会議任命拒否にもつながると見ることができる。

第二次安倍政権でも経営委員人事への干渉は続いたと言われる。ただ、2014年から会長になった籾井勝人氏は「アベ友」などと批判されたが、世間で思われていたほど安倍氏とつながっていたわけではなさそうだ。むしろ、政権の意を汲んだ経営委員会が選んだはずの各会長は結局あまりいい目に遭っていないし、2017年から会長を務めた上田良一氏に至っては経営委員会と対立し、任期は務めたものの事実上退任させられたも同然だった。つまり、経営委員会人事への干渉は安倍・菅政権の思いどおりだったとも言えないようだ。

保守寄りの財界人だらけになった経営委員会

そんなふうに保守系政治家はNHKに何かと干渉したがる。そして安倍・菅政権が干渉どころかガバナンスを支配する方法を発見してしまった。

菅氏の「制度を権力寄りに解釈して行使する」姿勢には驚愕だが、これはもともと制度的な欠陥だったとも言える。国会と総理大臣が経営委員を任命する今の制度は、与党の強権をいくらでも行使できる。それにより保守寄りの財界人だらけになった経営委員会は、在り方を見直すべきだ。放送制度の在り方を見直すなら、このNHKのガバナンスこそ変えるべきではないだろうか。

前半で述べた総務省の検討会で出た、受信料が放送インフラ全体に使われることは、懸念も述べたがいいことだとも思う。放送を支えるのは国ではなく、私たち視聴者である。そう認識させてくれる制度になるからだ(逆に放送を支えるつもりのない人は、ドン・キホーテが販売して話題になったチューナーのつかないテレビ受像機を買えばいい)。

それに加えて、私たちが支える放送を統制するのは政治家が指名した財界人ではなく、私たち自身だと言えるように制度を変えるべきだと思う。少なくとも、今のままでいいのかを表立って議論する時が来ている。ネットでの受信料は、その先でようやく議題に挙げるものではないか。NHKが何のために存在するメディアなのか、みんなで考えてみんなで決めねばならない。

境 治 メディアコンサルタント

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さかい おさむ / Osamu Sakai

1962年福岡市生まれ。東京大学文学部卒。I&S、フリーランス、ロボット、ビデオプロモーションなどを経て、2013年から再びフリーランス。エム・データ顧問研究員。有料マガジン「MediaBorder」発行人。著書に『拡張するテレビ』(宣伝会議)、『爆発的ヒットは“想い”から生まれる』(大和書房)など。

X(旧Twitter):@sakaiosamu

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