昨年の後半、長年体を酷使したせいか、右脚に痛みを感じ、ほんの少しの間、ゴルフができない時期がありました。仕事柄、こういうときでもクラブを振らなくちゃいけないことがあります。そんなとき、ワンクラブかツークラブ大き目のクラブを持ってグリーンに乗せればいいんですが、やっぱり最高のショットができたときと同じクラブを持ってしまいます。
「無理やりピンに届くクラブを持って、力んで振っても意味ないよ」。アマチュアの皆さんに、そんなアドバイスをしていたんですが、なかなかできないもんだと、改めて皆さんの気持ちが理解できました。プロゴルファーってピンまで届かないかなと思うと、少しヘッドスピードを上げてどうにかしてしまいますが、脚に不安があるとそう簡単にはいかないもんです。
そうした状況の中、ゴルフ日本シリーズのテレビ解説の仕事がありました。石川遼の賞金王に期待のかかった試合でしたが、藤田寛之が優勝。結果、賞金王は韓国の金庚泰に決まりました。その試合の最終日、金が18番をホールアウトすると拍手がわいたんです。一瞬、金も放送席にいた私も、「これ、何の拍手?」と思いましたが、賞金王決定のお祝いの拍手だったんですね。それに気づいた金が丁寧にギャラリーに挨拶をしていたけれど、ゴルフをよく知ったファンが多くなって、よい時代になったと思いました。
そして、表彰式が終わると今度は日本人選手が金を胴上げするんですよ。記者会見で金が「あの胴上げで、やっと日本ツアーの仲間入りができたと感じてうれしかった」と話した、と聞きましたが、その気持ちはよくわかりますね。
私も1974年のハワイアンオープン、マスターズをきっかけに、世界各国のツアーに参加しました。各国のプレーヤーは快く受け入れてくれるんですが、仲間に入るのはなかなか難しいものです。試合を見ているうちに、自分よりも女房の方がジャック・ニクラウスやリー・トレビノの奥さんと一緒に食事をする仲になったけれど、その国の試合に勝つ、仲間になるということは、その土地の風土に慣れ、その土地に多くの友人を作ることなんです。しかもそれを実感するまでには長い年月がかかります。自分がアメリカツアーの仲間になれたと思ったのは実に50歳のときでした。
「シニアツアーはおじさんのゴルフ」。そう思い込んでいましたから参加を迷っていたんですが、意を決して参加することに。練習日にトーナメント会場のクラブハウスに行くと、アーノルド・パーマーやニクラウスが立ち上がって大拍手。
「一緒にシニアツアーを盛り上げよう」と、パーマーが私の肩を抱いてそう言うんです。このとき初めて「仲間になれた」と思い、涙が出ました。ゴルフファンの皆さん、日本に来ている外国の選手を温かく迎え入れましょうよ。
1942年千葉県生まれ。64年にプロテスト合格。以来、世界4大ツアー(日米欧豪)で優勝するなど、通算85勝。国内賞金王5回。2004年日本人男性初の世界ゴルフ殿堂入り。07、08年と2年連続エージシュートを達成。現在も海外シニアツアーに参加。08年紫綬褒章受章。
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