ウクライナ「世界遺産」守るにはどうしたらいいか 意外と知らない戦時下に文化財を守る仕組み

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ユネスコが、第二次世界大戦で数々の文化財が失われたことへの反省から設立初期に作成した条約が「1954年ハーグ条約」でした。ちなみに誰もが知るユネスコの世界遺産条約も、おおもとにある考え方はこの条約の流れを汲むものであり、各国に存在する文化財を「全人類のための世界の遺産」として登録し、相互理解、ひいては国際平和に資するために1972年に採択されました。

さて、1954年ハーグ条約はウクライナ、ロシア、日本も含む133カ国が締約国です。ユネスコ加盟国が193カ国なので、条約未批准国であってもユネスコ加盟国であれば特に重大な問題がない限り条約を妨害するなどの行為はしないのが基本姿勢です。

同条約の保護対象となる「文化財」は「各国民が受け継ぐべき文化的資産に対する多大の重要性を有する(中略)動産又は不動産」とされ、世界遺産に限らず遺跡、歴史的・芸術的建造物、美術品、博物館や図書館等が含まれます。

締約国は、武力紛争の際に近くで活動を行ったり、文化財への直接の攻撃を行わないなど上記の文化財が破壊や損傷を受ける可能性を避ける義務があります。

違反行為があった場合には、違反を行った者、また命じた者を適宜罰することができるよう必要な措置をとることができるよう法整備をしておくことも締約国に義務付けられています。

実は条約が抑止力になっていない現実

しかし、これまでの歴史を見ると、残念ながら1954年ハーグ条約が効果的に破壊抑制力を発揮してきたとは必ずしも言えない現実があります。有名な例では2001年にバーミヤンの石仏がタリバンによって破壊されたアフガニスタンがあります。

アフガニスタンは当時、1954年ハーグ条約の締約国ではありませんでしたが、1948年からのユネスコ加盟国であり初期加盟国として、ユネスコに関わっていました。

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