アラサーのための戦略的「人生相談」--どうしたら「豊かさ」を実感できますか(その2)
これは私たち以上の世代からすると、相当に異常です。「若いくせに」なんて思ってしまうんです。Wantというのは英語で「欲しい」という動詞ですが、名詞では「欠落」を意味しています。「欲しいものやこと」がないのは、「欠落(感)」がないということですね。欠落がなければ充足もないのは当然です。
「達成感」という「豊かさ」を感じる機会が、日本の若者たちから奪われているんじゃなかろうかと、危惧し、同情しています。サッカーの日本代表の岡田前監督も、「広瀬さん、日本では深夜でも飲みたいと思えばコーラが買える。翌朝まで我慢する必要がない、欲しいものが、どこでもすぐ手に入る日本の若者は、実に不幸だ」と、常々言っています。「入手する困難さを知らないので、入手する喜びが得られないから」です。
豊かさとは、人間関係の豊かさ
そこで、「満たされた感じ=豊かさ」を感じる能力、という問題が浮上します。前回述べたように、確かに「ささいな出来事にも感動する能力」という清貧の思想もここでは大いに有用だとは思います。「生きているだけで丸儲け」という言葉なんてのは、個人的には大好きな言葉です。
しかし、ここで問題にしている能力というのは、こういった「現状をあるがままに受け入れる」といった受動的な能力ではなく、もっと能動的な能力です。その能力を得るためには「知識」や「スキル」が必要なんですが、言うまでもなく、それは、学問的な知識ではありません。
頭で「知る」だけでは収まらない知識というものがあります。たとえば、「ゴルフのスイング」の解説をいくら読んで、知識を増やしても、ボールをちゃんと打てるようにはならないのと同じです。「知る」と「実戦(トレーニング)」がセットになって初めて「ナレッジ(知識)」と呼ぶに値するものです。
ゴルフをしている人は、皆「よい指導者」や「よい練習法」に出会うことが、上達のカギであることを知っています。なぜなら、指導方法が指導者によってまちまちだからです。