コロナ支援策「女性フリーランスは素通り」の悲痛 実態に合わない助成要件、はびこる自己責任論

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仕事を打ち切られてからも、親の家に同居していたため家賃負担は免れた。だが、親にはセクハラ被害を打ち明けられず、生活費を引き落としていたカードの口座は底をつき、カード会社から催促が相次いだ。国民健康保険の保険料も払えなくなった。診療代への不安から病院に行けず、不眠などの抑うつ状態は悪化していった。

雇用者なら健康保険から傷病手当金が出るが、フリーランスが加入する国民健康保険には傷病手当がない。コロナの感染拡大のなか、非正規雇用のコロナ感染をめぐっては自治体の傷病手当金に国が財政支援する特例措置が取られたものの、フリーランスは対象外で、一部自治体だけが単独予算で傷病手当を支給しているのが実情だ。

雇用者には全額企業が負担する労災保険があり、セクハラによる健康障害も労働災害と認定されるようになった。だが、フリーランスは原則、労災保険もない。

批判を受け、自費で保険料を負担する労災保険の「特別加入制度」の対象が2021年から一部のフリーランスに拡大されたが、低収入のフリーランスから、自費負担では加入は無理、との声も出ている。

2020年7月、体調不良を押して取引先の会社と男性にセクハラ慰謝料と未払報酬の支払いを求める訴えを東京地裁に起こした本田は、2022年2月の最終意見陳述でこう訴えた。

「裁判官の皆様には、フリーランスがいまだに十分には法的に守られていないために『フリーランスに対しては何をしても大丈夫だろう』と思っている人がいること、私も含めて、そんな人達に搾取され傷ついているフリーランスが大勢いること、立場が弱い人に対し、性的な行為を受け入れないことへの報復として報酬未払いなどの『経済的嫌がらせ』が行われる実態があることをご理解いただき、どうか公正な判決を書いていただきたいです」

トラブルがあっても2割がそのまま受け入れている

岸田政権が掲げた「新しい資本主義」の「緊急提言」は、こうしたフリーランスの保護へ向けて「事業者がフリーランスと契約する際の、契約の明確化や禁止行為の明定」などを打ち出している。

ただ、政府の「フリーランス実態調査」(2020年)では、トラブルがあっても2割がそのまま受け入れ、そのうち4割が、今後取引が切られるおそれがあることを理由にしている。

「契約の明確化」だけではその契約を盾に取られて不利な条件を押し付けられかねない。

フリーランス編集者で「出版ネッツ」執行委員として本田の裁判を支えてきた杉村和美は、「女性フリーランスがセクハラやマタハラの防止措置などのセーフティネットを受けられるよう、自営業としての支えだけでなく、労働者としての保護をフリーランスにまで広げてほしい」と言う。

「二重の自己責任」をはねのける、女性も視野に入れた労働権の拡大が問われている。

(文中敬称略)

(この連載のほかの記事はこちらからご覧ください)

竹信 三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

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たけのぶ みえこ / Mieko Takenobu

東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授・ジャーナリスト。2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。

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