「30億円の絵画」公開のポーラ美術館に見た変化 「モネ」で有名な美術館が、現代美術にも熱視線

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杉本博司《Opticks》シリーズ(2018年、タイプCプリント)の展示より(撮影:小川敦生)

同館はまた、「2032年ビジョン」すなわち10年後の目標として「心をゆさぶる美術館」という言葉を提示した。開館時ならともかく、美術館がこうした方針を一般に向けて発表するのは珍しい。それもまた、同館の方向転換の表れなのだろうが、実は筆者の心をじかに「ゆさぶる」興味深いフレーズだったことをあえて書いておきたい。

問われる学芸員の力量

特に現代美術は、作品を成立させた「コンセプト」が重視されるのが普通だ。鑑賞に言葉での理解が必要になる例が多い中で鑑賞者の「心をゆさぶる」のは、なかなか大変なことだとも思う。いかに見せるか、学芸員の力量が問われる方針でもある。

先に挙げたリヒターの《グレイ・ハウス》が見られるのは、実は《抽象絵画(649-2)》の近くではない。デンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイの《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》という静謐(せいひつ)さをたたえた作品と同じ部屋に、2点のみで展示されていたのだ。

リヒターとハマスホイの間には、美術史上の直接のつながりはない。作品が醸し出す空気の調和を意図し、感性に訴えかけることを重視したこの展示手法を来館者がどう受け止めるのか。なかなか興味深い試みである。

ヴィルヘルム・ハマスホイ《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》(1899年、油彩、カンヴァス)の展示風景(撮影:小川敦生)

同館はポーラ2代目社長の鈴木常司氏のコレクションを核に、同氏が没した2年後の2002年にその夢を叶える形で開館した。筆者が知る限りでは、ルノワールやモネ、ピカソ、レオナール・フジタ(藤田嗣治)などのフランス印象派や国内外の近代美術を中心にした戦後有数のコレクションを形成しており、コレクターの嗜好を見るうえでも大変興味深いものだった。

一方、今回の企画展で展示された新収蔵品の数々は現代への広がりをはっきり意識したものだ。近年、同館では現代美術を見せる企画展が増えていたが、館のあり方の基本を表す収蔵品が変化していることを見せた意味は大きい。ひとかどのコレクションを持つ美術館もまた、変化・成長しうるものであるということが印象づけられる展覧会だった。

小川 敦生 多摩美術大学教授

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おがわ・あつお / Atsuo Ogawa

1959年生。東大文学部美術史科卒。日経BPの音楽、美術分野記者、『日経アート』誌編集長、日経新聞文化部美術担当記者などを経て、2012年から現職。近著に『美術の経済』。

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