「30億円の絵画」公開のポーラ美術館に見た変化 「モネ」で有名な美術館が、現代美術にも熱視線

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《抽象絵画(649-2)》の前に立っていると、不思議なことに風景のようなものが見えてきた。リヒターは筆だけではなくスキージと呼ばれるヘラやキッチンナイフを使い、何層にも絵の具を塗り重ねた後で部分的に削り取るなどの作業をして、画面を作る。

そこには、目に映っている具体的な風景を描こうという目的はないはずだ。にもかかわらず風景のようなものが見えてきたのは、おそらく単なる偶然の産物ではない。重層構造の絵画の一部を削り取ることで、自然に奥行きが生まれる。リヒターの作品は、それが絵の具が作った現実の「風景」であることを感じさせる。それもまた「フォトペインティング」とは逆の志向を持っているのだ。あるいは、タイトルにあえて「抽象絵画」という言葉を使うことで、リヒターは鑑賞者に「抽象絵画とは何か?」という問いかけをしているのかもしれない。

モネとリヒターを並べて展示

ポーラ美術館は、リヒターの作品に風景を感じさせる、もう一つの巧妙な仕掛けを準備していた。以前から所蔵していたモネの《睡蓮の池》と並べて展示していたのだ。そこは、展覧会のタイトルを「モネからリヒターへ」とした理由を、作品の配置によって示した空間でもあった。

どちらも正方形の作品ということもあって、鑑賞する際の意識が2つの作品の間を自然に行き来する。じっと見ていると、リヒターの絵の奥の層から睡蓮の池の風景が見えてくるような気にさえなった。

ゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》とクロード・モネ《睡蓮の池》が並んだ様子(撮影:小川敦生)

抽象絵画の歴史を語る際には、先ほど挙げたカンディンスキーらが抽象表現を始めた前後の時期に、視力が衰えていた晩年のモネが抽象に通じる表現をしていたことがしばしば指摘される。リヒターの横に展示されたモネの作品はまだ具象性が高い時期の制作だが、細かな筆跡で画面を埋め尽くした睡蓮や柳などの描写に抽象化の兆しを見出すのも可能だろう。

クロード・モネ《睡蓮の池》(1899年、油彩、カンヴァス)の展示風景(撮影:小川敦生)

リヒターを30億円で購入するのにどれほどの思い切りが必要だったのかについては、想像するしかない。だが、同館は《睡蓮の池》のほかにもモネの作品を多数所有している。そこにリヒターの作品の存在感を強く打ち出したことで、印象派・近代美術から現代美術へと収集のかじを大きく切ったことがわかる。白髪一雄、田中敦子、山田正亮、難波田龍起、中西夏之、杉本博司などのそうそうたる顔ぶれの作家が並ぶ日本の現代美術分野のコレクションの充実が図られていたのも、印象的だった。

難波田龍起《生命体の集合》(1970年、油彩、カンヴァス)の展示風景(撮影:小川敦生)
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