テレ東「朗希の試合」急きょ中継できた納得の理由 箱根駅伝を初めて中継したテレ東のスポーツ史

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ほかにテレ東が先駆けたスポーツ中継としては、箱根駅伝がある。いまや正月恒例のビッグイベントとなっている箱根駅伝だが、これも最初に中継したのは、実はテレ東だった。1979年のことである。

当時、山中を走る5区と6区の中継が技術的に難しく、ほかのテレビ局は二の足を踏んでいたのだが、テレ東はその難題に挑戦した(布施鋼治『東京12チャンネル運動部の情熱』、210~215頁)。完全生中継とまではいかなかったものの、徐々に視聴率も上昇し、大きな成果をあげた(1987年からは日本テレビが放送権を獲得、現在に至る)。

女子プロレスとローラーゲーム

こうした海外サッカーや箱根駅伝の話からだけでもテレ東の開拓者精神が感じられるが、さらには、世にまだあまり知られていなかったようなスポーツを、テレ東が自らの手で人気にしたケースもあった。

例えば、1960年代の女子プロレスがそうだ。日本のテレビ草創期、プロレスの力道山が街頭テレビに大勢の群衆を集めるヒーローだったことは、よく知られた話だろう。それに対し、東京12チャンネルが目をつけたのが、同じプロレスでも女子プロレスだった。

実は、東京12チャンネル運動部の初代部長である白石剛達は、1964年東京オリンピックのレスリング日本代表の強化コーチという異色の経歴の持ち主だった(布施鋼治『東京12チャンネル運動部の情熱』、12~14頁)。白石は、それまで単なるショーのように見られていた女子プロレスをれっきとしたスポーツとして世間に認めさせようと、見どころのある選手を鍛え上げた。そしてその甲斐あって、人気選手が誕生。女子プロレス中継は、20%超の高視聴率をあげるようになった。

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