幸せになれない「自己肯定感下がり続ける」仕組み 他人と比べて凹むより「ポジティブに諦めろ」

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不用意に人と自分を比べ、自己肯定感がダダ下がりすることがありませんか? (写真:polkadot/PIXTA)
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不用意に優れた人と自分を比べ、自己肯定感がダダ下がりすることがある。しかし、そんな無駄をするくらいならポジティブに諦め、「楽しい無駄」に目を向けたほうがいい。そう指摘するのは『反応したら負け 仕事のストレスを受け流す33のヒント』の著者である漫画家・コラムニストのカレー沢薫さんだ。今よりも幸せになれる「前向きな諦め」とは?

デキる同期への「嫉妬」にさいなまれたら?

私に言わせれば「同期」と比べる程度ではまだ青い。後から入社してきた後輩や、学生バイトに嫉妬し始めてからが本番である。「他人と比べて凹む」という性質に生まれてしまった場合、結論から言えば「一生凹み続ける、慈悲はない」である。

こういうタイプは仮に自分にそこそこ能力があり、恵まれた立場にあってもつねに「自分より上」に目が行ってしまい、それと比べるため、自己肯定感は一向に上がらず劣等感だけが「絶滅するとかうそやろ」というレベルでウナギ登りになっていく。

そこから脱するには自分がトップに立つしかないのだが、それができれば苦労はないし、仮にできたとしても「貧しくても幸せな家庭を築いている奴」など、別ベクトルで自分と他人を比べだすに決まっているのだ。つまり「何をやっても幸せにならない」のが「他人と自分比ベニキ」もしくはネキの人生である。

現時点で何をやっても幸せになっていない私が言うのだから間違いがない。

しかし「何をやっても無駄」そういうのは、絶望でもあるが、ある意味希望でもある。なぜなら、何をやっても無駄ということは「他人と比べても無駄」でもあるからだ。同僚に嫉妬し、呪詛を唱えることで、仮に同僚の身体に青紫色の斑点ができて長期休職を余儀なくされたとしても、次は別の出来る同期や後輩に嫉妬することになるだけだ。

仮に嫉妬する相手全員を呪詛で葬れたとしたら、まず会社員を辞めて陰陽師とかに転職すべきだとは思うが、いくらできる人間が失脚しても、自分ができる人間になっていなければ永遠に評価されることはない。

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