「少年院」で数学を教えた先生が見た学校との違い 「背中を見せてはいけない」「ホチキス留めNG」…
また、このとき知ったのですが、教官も含め、原則、少年たちの身体に触れることも禁止なのです。このことを知らなかった私は、あとあと大変な経験をすることになりました。
ほかにも、日常生活ではあまりに当たり前のことが問題になることがあります。
高認試験対策講座でのこと。授業で使うテキストを事前に少年全員分作成し、授業時に渡しました。すると、テキストをホチキスで閉じていたことが問題になり、回収してすべてのホチキスを外して、改めて配ることになったのです。
このように、通常の学校では当たり前のことが当たり前ではないのが、少年矯正施設である少年院の授業風景なのです。
少年院という施設のことをちゃんと理解していれば、ホチキスの針は、自分自身や他人をも傷つける恐れがあると分かりますからね。このように、毎回、勉強させられることばかりでして、同じ教育の場であっても、少年院では教える側も常に緊張の連続です。
では、そろそろ私が指導する授業についてもお話しさせてください。
授業を行うときの4つの心構え
ここでは、私が授業を行うときの風景についてお話ししたいと思います。
私は今までに予備校・塾・カルチャースクールおよび通信制高校など、さまざまなところで授業・研修授業を行ってきました。だが、少年院はある意味、特殊です。なぜなら、少年院に入院している少年たちには、学校教育から自ら離脱、もしくは自分の意思に関係なく疎外された者が多くいるからです。
そこで、まずは少年たちの指導にあたっての、私の4つの心構えからお話しします。
最初に悩んだのが少年たちの呼び方です。今まで、予備校や塾で19歳前後の少年たちを教えていたときは、親近感を作り出すために、名字もしくは下の名前だけを呼ぶ形で関係を築いてきました。
しかし、少年院の彼らは、学校の教師に対して強い不信感を抱いており、だから呼びつけにされるのも嫌だろうと。それゆえ、教室に入るまで彼らをどのように呼ぶか悩みました。ただ、ひとつ有り難かったのが、少年たちの名前が初対面でも分かる環境にあったことです。彼らの左胸には名字だけが書かれた赤・緑・白の三色で色分けされた丸いバッチがつけられています。
少年院では、少年たちを3つの級に分け、入院時は3級の赤バッチで、その後、級が進み2級下・上で緑バッチ、そして、最後に1級の白バッチとなり、白になるとだいたい3カ月後には出院の予定となります。だから、私としては、色で少年たちの精神状態を考えつつ接することもでき助かりました。
彼らの平均入院期間は11カ月、長期の者では2年という少年もいて、10代後半の彼らにとっては、想像以上に長いものです。だから、緊張感が保てず途中で自暴自棄になる少年もいるとのこと。実際、何人かの少年からも「先生、17で1年間少年院で過ごすと決まったときは、目の前が真っ暗になったよ。あ~、人生が終わった」と、聞かされました。だから、教官方は長期の少年との接し方には、必要以上に神経を遣うようです。
このように、少年たちの内面のこと、学校教育から疎外されてきたことなどを考えると、名前をどう呼ぶかというような些細なことまで気を遣ってしまうものなのです。