『バガボンド』にみる「力みすぎない努力」

「バカ努力」の限界と「ネオ努力」の革新

『スラムダンク』

理想の努力のあり方は言葉では説明しにくいのだが、井上先生の圧倒的な画力は、弛緩から力みへ向かう一瞬の躍動を描くことに成功している。この躍動は、井上先生の初期代表作であるバスケット青春マンガ、『スラムダンク』から続いている先生の作品群に共通するテーマである。

『スラムダンク』の愛読者は思い出してほしい。湘北キャプテンの赤城が、前年度優勝校の山王高校と対峙した時、勝ちへのこだわりやキャプテンとして責任に心が強張ってしまい、その身体は躍動しない。しかし、そのこだわりを捨てた時に、身体と心の連携が生まれるのである。

その意味では、井上先生は『スラムダンク』で提示された事実を『バガボンド』で思想的に極めようとしていると言える。

私の一押し勝負

注意すべきは、単に脱力=リラックスすればよいというわけではないことである。努力の空回りを避けるためには、心と身体の不思議な関係性を意識しつつ、最終的にその「意識」すら意識しないようになることがベストだ。

吉岡清十郎との再対決はそれを教えてくれる。この勝負は、私がこのマンガの一押しのシーンでもある。

勝負の最中、武蔵は「涎(よだれ)にも気づかぬほど意識は体の隅々へ」という状態になる。その一方で、清十郎は、吉岡一門の歴史を背負ってしまう。

「刹那(せつな)の逡巡(しゅんじゅん)頭をかすめたのは背負ったものの重さ」

清十郎には、背負ったものを意識すること自体の、心の小さなこわばり…があった。この小さな差がこの勝負を決めたのである。

武蔵が清十郎を切った瞬間のシーンは圧巻だ。武蔵は、一振りの後「あれ!?」(剣を持っていない)と自分自身が誤解する。しかし、実際は刀を握っていた。この感覚の描き方は、井上先生ならではと言えよう。

意識を体の隅々に広げるが、ひとつに執着させないこと。これが新しい時代の「ネオ努力」なのである。

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