サバがマグロの「代理母」になる? 『サバからマグロが産まれる!?』を読む

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そもそも、「サバがマグロを産む」とは何を指しているのか。体外受精が一般的な魚類において、マグロの受精卵をサバのお腹に入れても、「サバがマグロを産んだ」とは言えない。著者が目指しているものは、マグロから精子・卵の元になる細胞を抽出しそれをサバに移植することで、継続的にマグロの精子・卵をつくり続けるサバをつくるというものである。この精子・卵の元になる細胞が、卵から孵化したばかり、もしくは孵化直前の仔魚(魚の赤ちゃん)がもっている、始原生殖細胞と呼ばれるものである。

マグロの卵と仔魚は、小さすぎて始原生殖細胞を採取することが困難なため、より大きな卵、仔魚を持つニジマスから研究が開始された。「ヤマメにニジマスを産ませる」という、これまた前代未聞の偉業達成のため、著者らは何度となく困難にぶつかる。そもそも、この研究以前には魚の始原生殖細胞を見ることさえ不可能だったというのだから、著者らの発想がいかに大胆なものであったかがうかがえる。

その過程は難解そのもの……

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ニジマスの始原生殖細胞を採取できたとしてもヤマメの免疫系で直ぐに死んでしまうのではないか、細胞が生き残ったとしてもきちんと卵・精子を作り出すことが出来るのか。出来ない理由を探す方が簡単だったはずだが、著者らはヤマメにニジマスを産ませることに成功した。本書で語られるその過程は、難解なパズルをひとつずつ解いていくように進められている。偶然のひらめきと考え抜かれた理論に支えられたその過程は、サイエンスの最先端が切り開かれていく難しさと楽しさにあふれている。

サバがマグロを産むまでには、超えなければならないハードルがまだまだある。それでも、著者たちなら成し遂げてくれるのではないかという気にさせてくれる。サバがマグロを産む技術が確立されれば、トンビがタカを産む日もやってくるのだろうか。この研究がもたらすものは、マグロをたらふく食べられる未来以上のものかもしれない。

村上 浩 HONZ

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むらかみ ひろし / Hiroshi Murakami

1982年広島県府中市生まれ。京都大学大学院工学研究科を修了後、大手印刷会社、コンサルティングファームを経て、現在は外資系素材メーカーに勤務。学生時代から科学読み物には目がないが、HONZ参加以来読書ジャンルは際限なく拡大中。米国HONZ、もしくはシアトルHONZの設立が今後の目標。

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