サバがマグロの「代理母」になる? 『サバからマグロが産まれる!?』を読む

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マグロ絶滅の危機を回避するための様々な取り組みがなされているものの、マグロを求める胃袋の食欲を抑えることは難しく、決定的な対策が取られていない。直近の中西部太平洋まぐろ類委員会で、未成魚の漁獲量を2002~2004年平均の半分に減らすことが合意されたが、これは過去3年平均でみると6%の削減にしかならないものだという。

成功すれば生産性が期待できる

漁獲量を減らすことに加えて、マグロの生産数を増すことも重要となる。「近大マグロ」で広く知られる通り、天然資源から捕獲した幼魚を育成して産卵させ、その稚魚をまた育成して産卵させる完全養殖技術も開発された。しかし、成熟したクロマグロは体重60~80キログラム、体長1.5メートルにもなり、成熟サイズにいたるまでには5年ほどもの時間が必要となる。

そのため、マグロの完全養殖には直径数十メートルの巨大な養殖場と、長年にも及ぶケア、つまり莫大な費用が必要となるのである。完全養殖による、減少速度を上回る上昇速度の達成には、想像を絶する規模の設備が求められるだろう。

もし、マグロより小さなサイズ、より短い時間で成熟するサバにマグロの卵を産ませることができれば、マグロの再生産がはるかに効率的となる(サバは体重300グラム程度で成熟し、成熟までの期間も1年程度)。

サバの大きさであれば、海中のイケスではなく、環境の管理の容易な水槽で飼育できる。水槽飼育ならば、蛍光灯で昼間の長さを、サーモスタットで温度を調整することで、1年間に複数回マグロの卵を産ませることすら可能なのだ。

よいことだらけに思えるが、実現できなければ意味はない。著者が「サバにマグロを産ませる」というSF的アイデアの実現性に気がついたきっかけは、博士後期課程時の偶然の出会い。魚の遺伝子組み換えを研究していた著者は、マウスの遺伝子組み換えに関する講演を聞いて、長く頭を悩ませていた疑問に答えを出す方法をひらめいた。

このひらめきが、どれほどのブレークスルーをもたらしたかを理解するためには、ES細胞や始原生殖細胞がどのような働きをするものかについて知る必要がある。本書ではこれらの単語を聞いたことがないという読者にもわかりやすい解説があるので、生物学の知識を深めつつ、画期的アイデアが生まれる瞬間を追体験できる。

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