ペスト、スペインかぜ、コレラの物語を今読む意味 コロナ文学が今すぐ書かれなくても問題ない訳
斎藤:小松左京の『復活の日』(1964/角川文庫他)は、生物兵器として作られたウイルスが墜落した飛行機から地球全土にばら撒かれる話で、まさにパンデミック。日本にもウイルスが上陸して、感染者が続出する。プロ野球の試合は中止、舞台は休演、映画制作も中止、ダウ平均株価は暴落続き。2月に読んだときはおもしろかったんです。
だけど、6月に読み直したら、そうでもない。なんでかというと、SF仕立てのパニック小説なので、これでもかっていうほど悲惨に描いているわけね。「東京の街は、今やガランとした死者の都と化しつつあった」のはわかるけど、「動いていない地下鉄の中は、充満した腐爛死体の硫化水素のために、はいって行くこともできないありさまだった」。これはないだろうっていう。怖がらせようという意図が先行していて、本質的なリアリティがあまりない。現実と引き比べてね。
高橋:有名なのは志賀直哉の「流行感冒」(1919/『小僧の神様 他十篇』所収/岩波文庫)です。まあ、これはひどい風邪として描かれています。でも、コロナみたいな状況であることも確かですね。
斎藤:100年前のスペイン風邪ですね。「流行感冒」や菊池寛の「マスク」(1921/『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』所収/文春文庫)を読むと今と同じですね。
関東大震災の約3倍も犠牲者がいるのに
与謝野晶子が激烈な政府批判を書いていて、その評論はすごくおもしろい。日本でも35万人ぐらい亡くなっているから非常に大きな流行だったんですね。
高橋:こんなにひどかったのかって思いますよね。死者の数を見ると、ペストやコレラ以上なんだけど。
斎藤:関東大震災の死者・行方不明者が10万5000人ぐらい。だから3倍ぐらい亡くなっている。それなのに、みんな忘れてた。
高橋:第1次世界大戦とスペイン風邪の流行はほぼ重なっています。そして、死者はスペイン風邪のほうが多い。世界では億単位とも言われてます。それなのに、戦争を描いた作品はたくさんあるのに、なぜスペイン風邪を描いた感染症文学はないのか。アルフレッド・W・クロスビーの『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』(2004/みすず書房)は最後のほうでその謎を解き明かしています。
ざっくり結論を言うと、作家を含めて、みんな「所詮風邪だから」という意識がどこかにあった。戦争による死に比べて、スペイン風邪による死には神秘性がなかったから書かなかったのだ、と記しています。