「のび太の宇宙小戦争」原作をリメイクした意味 現代にも刺さる「映画ドラえもん」最新作の魅力

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――後半から終盤にかけての展開はかなり変更されていますね。

佐藤:これは連載時の紙数の関係だと思うのですが、ピリカ星の国民自身が立ち上がってギルモアを追い詰めていくプロセスが、原作ではものすごく省かれているんです。

終盤もかなり急ぎ足で、最終ページの1ページ前でようやく国民が出てきてギルモア将軍を打倒する。でも、今回の映画で他の部分の解像度を上げた以上、それだとどうしてもバランスが取れませんし、違和感が残ります。それでいろいろとアイデアを出してみたんですけど、どうもすっきりいかないんですよ。

それで原作を――それまでにも相当読み込んでたんですけど――また読み返したら、パピの側近だったゲンブがこう言ってるんです。「処刑はおそらく明後日」「ギルモアが皇帝となる戴冠式がおこなわれる」。でもこの戴冠式は原作では描かれてない。だったら映画でやればいいんじゃん!って(笑)。こんなふうに、執筆が煮詰まった時はいつも原作に返っていました。結局、原作に答えが全部描いてありましたね。

「映画ドラえもん」に通底する自己犠牲精神

――その戴冠式でのパピの演説は非常にエモーショナルです。パピは自分が処刑されることを一切恐れることなく、堂々と信念を述べます。

佐藤:パピがのび太たちと長い時間を共にした事実が、演説の内容に生きてくるようにしました。パピはのび太たちから新しい価値観を学んだんです。ドラえもんやのび太と一緒にすごして感じたことを、最後にどうしても言葉で伝えなきゃいけない。言えば自分はもちろん、おそらく姉のピイナも処刑されてしまう。でも、今の自分にできることは、嘘をつかないで自分の気持ちを伝えることしかないんだと。これは作品全体に通底するテーマです。

考えてみれば、ドラえもんの映画には毎回幾ばくか、その根底にある種の自己犠牲精神があるんですよね。たとえ自分たちがついえたとしても、やらなければならないことがあるのだと。

――原作でのパピの叫びは、彼に死刑判決が言い渡される法廷の場で述べられます。それを戴冠式の場に変えたのはなぜですか。

佐藤:原作だと、国民の誰もパピの叫びを見ていないんです。ギャラリーは敵側の裁判官だけ。だから、なんだか負け犬の遠吠えみたいに聞こえちゃう。だから戴冠式で、国民が見ている前でパピに演説させました。それが蜂起につながっていくんです。

普遍性のある物語

――戴冠式のシーンが追加されたことで、ピリカ星の国民ひとりひとりが抱く現政権への不満や嫌悪感が、より可視化されたように感じます。その点でも物語の解像度は上がっていますね。

佐藤:と同時に、現代とのシンクロ率も上げるというか。そういえば、最初に『宇宙小戦争』のリメイクだと伝えられたとき、もしかして原作の物語が古くなっているのではと懸念したんですよ。でも再読したら、まったくそんなことはなかったです。

――普遍性のある物語だと。

佐藤:たとえば、戴冠式で描かれる「亡命した大統領が母国に連れ戻され、国民の前で反乱軍の政治的正当性を認めるよう強要される」という状況も当てはまると思います。これは仕組まれたフェイクで国民の感情をコントロールしようとするシステムですが、ジョージ・オーウェルが『一九八四』で描いたディストピアを彷彿とさせますよね。

稲田 豊史 編集者・ライター

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いなだ とよし / Toyoshi Inada

1974年、愛知県生まれ。ライター、コラムニスト、編集者。横浜国立大学経済学部卒業後、映画配給会社のギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に入社。その後、キネマ旬報社でDVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て、2013年に独立。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)などがある。

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