しかし、ドイツの夢はプーチン大統領の想定外の野心による暴挙で完全に崩されてしまった。「経済と政治は別物」という考えに固執し、経済相互依存を深めれば世界秩序は保たれるという信念は打ち砕かれた。
メルケル氏が残した遺産は最大の同盟国アメリカの信頼を失うだけでなく、EU域内からも眉をひそめられドイツは孤立し、甘い幻想を捨てざるをえなくなった。
だからこそ、ドイツ社民党のショルツ首相、緑の党のハーベック副首相兼経済・気候保護相、ベーアボック外相が率いる中道左派連立政権らしくない国防費倍増、ウクライナへの対戦車砲1000個、携行式地対空ミサイル「スティンガー」500発、装甲車14台と燃料最大1万トンの提供という、第2次大戦での加害者としての反省から紛争地域への兵器輸出を避けてきたドイツは、大転換の判断を下した。
皮肉にも2月15日にモスクワを訪問したショルツ首相は、ロシア軍がウクライナに軍事侵攻する前にプーチン氏に会った西側の最後の首脳となった。ショルツ氏がプーチン氏に何を感じたかは明らかになっていないが、無力感を味わったことだけは確かと言える。同時にEU加盟国のポーランドやバルト3国、チェコなど旧東欧諸国が警告していたロシアへの危機感を無視したことを後悔しているはずだ。
EUは東部防衛政策を根本的に改める時期を迎えている。東西冷戦終結時に自由主義陣営勝利の安堵感から、民主主義と社会保障を充実させさえすれば、国際秩序は保てると理解した認識は今、大きな修正を迫られている。
ドイツと日本に共通しているもの
イギリス石油大手シェルは今月1日、ロシア極東の石油ガス開発事業「サハリン2」からの撤退を発表した。理由はロシアのウクライナへの軍事侵攻で事業継続は不可能になったというものだ。同事業には三井物産や三菱商事が参加しており、日本は液化天然ガス(LNG)の約8%をロシアから輸入しており、エネルギー安全保障の見直しを迫られている。
一方、欧州ではフランスのトタルエナジーズもロシアでの新規投資をしないと1日に発表した。ロシアへの制裁では世界の足並みが揃うことがカギを握るわけだが、制裁は返り血を浴びる犠牲も伴うことは制裁を決断する国は百も承知で実行している。
日本は憲法で不戦を誓い、外交の基本姿勢は「経済の相互依存を深めることで対立は緩和される」というドイツとまさに同様な考えだが、ドイツの方針転換は不可逆的ともいえ、そうなれば先進国の中で日本だけが孤立する恐れもある。
皮肉にも戦後、戦勝国によって封じ込められた日本とドイツは経済発展に集中することができた一方、自国の安全保障や国際紛争に本腰で取り組む必要性がなかった。
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