とにかく店をオープンしないと収入もないまま家賃を支払い続けることになる。出費が重なって生活費にも事欠くようになっていた大塚は、プレオープンと銘打って6月8日にほぼ無理やり、店を開くことに決めた。 迎えたオープン初日、人の波が押し寄せた。なんと200人を超える客が彼のコーヒーを求めて来店したのである。しかも、その波は3日間続いた。大塚もボランティアで手伝ってくれた友人たちもてんてこ舞いになったが、大塚はこの3日間がターニングポイントになったと振り返る。
「まだみんなでお店を作っている時、通りがかった人に『何のお店をやるの?』と聞かれたので、いろいろ話をしました。その人は恵比寿の情報を発信している『恵比寿ナビ』というサイトを運営されている方で、開店前にブログで紹介してくれたんです。その記事を見て別の方が取材に来てくれたり、とにかく運が良かったですね。オープン前に母親にエスプレッソマシンを購入するために保証人になってほしいと頼んだら断られたのですが、オープン後に母がお店に来た時、お客様の行列を見て、『マシンがあればお客様を待たせなくて済む』と思ってくれたようで、保証人になるのを認めてくれたんです。本当はそれでお客様をお待たせしなくなるわけではないんですが(笑)、これでやっとコーヒー屋らしくなると、ホッとしました」
独特の接客の原点
しばらくすると客足は落ち着いたが、今度は地元の住人や恵比寿で働く人たちが続々と店を訪れるようになり、その数は増え続けた。 地元の人々の心を掴んだのは、本物のコーヒーの味とフレンドリーな店員の対応だった。
実際、猿田彦珈琲の接客は独特だ。スタッフと客がまるで友人同士のように会話をしている。店先で、通りがかりの常連客と談笑するスタッフの姿を見ることもある。近所でギャラリーを運営する女性がコーヒーを注文すると、ギャラリーまで届けに行った。恵比寿でイベントがあれば協賛としてコーヒーを提供した。そこにあるのは店員と客の垣根を乗り越えていくような対応なのだ。
「僕らはサービスマンで、サービスをして対価をもらっているので単に美味しいコーヒーを出すだけじゃなく、サービスする人の姿勢、人間的なぶつかり合いがあったか、心と心がつながったか、そこが大切」だと大塚は語る。
実は、この接客にはモデルがあった。
「僕は東京の仙川出身なんですけど、仙川に住んでいた当時、駅前にあった大手のコーヒーチェーンの店が本当に素敵だったんです。俳優業がうまくいかず、社会とのつながりもほとんどないどん底の生活をしていた時に、コーヒーを買いに行くと店員さんが親身に話しかけてくれた。当時の僕にとってはリハビリみたいなものでしたね。それが、このチェーン店がコンセプトにしている『生活の潤いを与える場所』の本質的な部分だと思うんです。僕のこの体験を人に伝えることが今、時代に求められていると思うので、 彼らとは違うアプローチで、僕らのやり方でお客様に未来を切り開く活力を与えるためにコーヒーを出そうと決めました。お客様から500円をもらって出すのは世界最高のホスピタリティに溢れたコーヒーでなければならないんです」
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