動物園「肉食より草食獣のほうが事故起きる」なぜ 旭山動物園元園長の獣医が語るヒヤリ体験談

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麻酔の話でいうと、反芻動物(ウシ、ヤギ、ヒツジ、シカなど一度食べたものを再び口に戻し、咀嚼して再び飲み込む動物)にはまた違った意味での危険があります。

彼らは、複数の胃を常に動かして、溜まったガスを排出する必要があります。第一胃の中で食べた草が発酵しすぎてしまうと、第一胃が膨れて肺など他の臓器を圧迫してしまう、鼓脹症という命に関わる危険な病気になってしまいます。実際にトナカイに麻酔をかけたときには、第一胃のガスを抜くために何度も套管針(とうかんしん)を刺して、消泡材を入れ続けながら、6時間ほど激闘しました。

そういうわけで、反芻動物はなるべく麻酔をかけずに処置するのですが、どうしても麻酔が必要なときは、頭を上げて口からガスが抜けていくようにしたり、反芻する食べ物の誤嚥を防ぐために、気管にチューブを装着したりして、細心の注意を払って行います。

草と間違えて腕を咀嚼したフタコブラクダ

あるとき、フタコブラクダの後ろのコブを治療しなくてはならず、麻酔は使用しないで、鎮静剤のみで立たせたまま行いました。ラクダは、目は覚めているので、草を食べながら治療を受けていたのですが、鎮静剤でぼーっとしているのか、草と間違えて、私と一緒に治療にあたっていた人の腕を口に入れてしまいました。

やっぱり朦朧としているからなのか、人の腕だと気づかず、そのままギシギシと咀嚼を続けて、腕がゴキゴキと音を鳴らします。手首をかまれている人は悲鳴をあげるのですが、ラクダは放しません。仕方なく、私は思い切って素手でラクダのこめかみを殴りつけました。口が開いて、腕は解放されました。

「折れた!」とその人は騒いでいたのですが、落ち着かせて指が動くかどうか確認したら、無事に動くようでした。そもそも手首は犬歯と臼歯の間に入っていたので、折れているはずはないのです。それでも「絶対に折れている!」と言うので、病院に行ってレントゲンを撮ってみたのですが、骨は無事でした。

翌日になると痛みも引いたようで、昨日の騒ぎはどこへやら、落ち着いたものです。むしろラクダのこめかみを殴った私の手のほうが大きく腫れて、ジンジンと痛んでいました。きっとラクダもこめかみが痛かったと思うのですよね……。

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