昭和の作家たちには、「迫力」があった 『文士の時代』を読む

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というのも、残念ながら中には後世にはあまり伝わっていない作家もおり、正直なところ、私自身も何人か知らなかった。それでは、知らないからつまらないかというとそうでもない。もちろん知っている作家だからこそ、その素顔や意外な表情を見る楽しみというのもあるわけだが、撮影者と被写体の関係性で、また撮影の状況を知ることで、表情が違って見えてくる不思議な写真が何枚もあるのだ。これには夢中になってしまった。

田中英光とのエピソード

たとえば、2メートル近い長身の元五輪ボート選手で、大の太宰治ファンだという若い男性作家、田中英光の話もそうだった。かいつまんでお伝えすると(原文を読んだ方が味わい深いのだけれど)、太宰と同じ銀座の酒場のカウンターで撮影してくれという依頼に対して、太宰も、同時に撮影した織田作之助も撮影後すぐに亡くなったため縁起が悪いからと断るが、どうしてもということになり、印象の似た別の酒場で撮影することになった。ところが、酒を一滴も飲まない田中は、代わりにポケットからときどき取り出す薬瓶の中身を飲んで、ラリってくる。そのうちに、こんなことを言い出す。

 「林さん、もう会うことはないかもしれないけど、太宰さんと同じような写真を撮ってもらったんで、僕はもういつ死んでもいいんだよ」
 それから、一週間か十日ぐらいか、間もなくでした。太宰の墓前で、田中英光さんが自殺をしたというニュースを聞きました。あの夜の情景がうかびあがって、田中英光はやっぱり、あのとき、もう死を決意していたのかもしれないと思うと、あけがたまで眠れませんでした。
 僕はそれからは酒場で作家の写真を撮らなくなりましたね。

 

この本を紹介したいと思ったのは、そんな切ない関係性が、写真という人生のひとコマに集約されていると感じたからかもしれない。

おまけに、この林の書く、作家の素顔がたまらなくあけっぴろげで、素っ頓狂で面白いのだ。私自身、「昔はすごかった」話には耳タコ状態ではあるが、この「カメラマン横から目線」はやっぱり違う。仲間内で久しぶりに集まって飲んで解散した後に、帰り道が一緒の一人が「あの人こうだったよね」とポツリとつぶやく言葉の的確さ、というかなんというのか。

それだけ人を観察しているからこそ、この写真が撮れたのだな、とまた視線は写真へと戻るのだった。

ちなみに、この本は、大佛次郎による序文で『日本の作家一〇九人』(主婦と生活社)として、昭和46(1971)年にまず刊行された。そこから多少手を加えた作品『文士の時代』が朝日文庫に入り、現在東京・日比谷公園内にある日比谷図書文化館での特別展(『林忠彦写真展 日本の作家109人の顔』に合わせたのか、この秋に中公文庫が再編集の上復刊したものだ。

久しぶりに松本楼のカレーを食べに行ったついでにたまたま展示を観に行き、この本を手にした、というのが出会いだったが、何かを生み出そうというまじめな人の顔を、大判の美しいモノクロ写真で見るのは、心地よいものだった。

大作家のすごい顔。とんでもないエピソードとともに、ぜひご堪能あれ。

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