日本の知財戦略は、どこがズレているのか グローバル時代に対応した戦略とは?
吉井:退職する社員のほとんどは、好き好んで海外企業に転職するわけではない。事業閉鎖や縮小などのリストラの過程で、追い込まれて海外企業に転職し、情報の持ち出しをやってしまうケースが多いわけです。私は、事業については撤退したとしても、価値のある特許・ノウハウであれば、その会社が持ち続け、それらに関連するエンジニアも何らかの形で活用する仕組みを作る努力が必要だと思っています。日本の多くの企業は、知財イコール製品と考えているので、製造中止イコール解雇となるのですが、製造中止となっても知財はそれ自身に価値があり、知財とともに人を活用する道もあります。
渡部:それは、まさにIP Bridgeの目指しているところですね。
吉井:そうです。企業は「選択と集中」をしなければ生き残れないという厳しい現実があります。社員を雇い続ける、といっても簡単ではない。そこで胸を張って海外に行けるような知財とエンジニアが一体となったビジネスモデルを作りたいと考えています。
――人材流出をマネジメントするというような時に、結局は、待遇がカギになります。待遇によっては、やはり海外の新興企業に流出していくのではないですか。それを無理に引き止めることはできるのでしょうか。
吉井:国を挙げて流出防止をやる、ということはできないでしょう。確かに、待遇のために海外に行く人もいるでしょうが、それまでお世話になった会社で今までの仲間と一緒に働き続けたい、という研究者も多いわけです。しかし今までは、その選択肢がほとんどなかった。日本の法律を犯してまで情報を盗んで持っていくのではなく、正々堂々と日本で仕事をできるビジネスモデルができれば、多くの人は、こちらの道を選ぶと思います。
合弁会社で技術移転をする方法
――今まで勤めてきた会社の中で自己実現をできるような仕組みをつくればいい、と。
吉井:そうです。実際、新潟の岩塚製菓というおせんべい屋さんは、今、本体の売り上げが営業利益4億~5億円なんですけど、おせんべいの製造ノウハウの開示先の中国企業からの配当が20億円近く、毎年入ってきます。この場合、ノウハウのライセンス料ではなく、その中国の会社の株を5%もらって、経営には関与しませんということでやった。その中国企業は、今やコメを使った菓子メーカーとして世界最大だそうです。日本のエンジニアは出張ベースで海外に行くという仕組みです。
海外でのニーズを私どもがきちっと把握し、それにはこの会社の技術が使える、ということを判断していく。そして、それに関わるエンジニアの人たちをまとめて結び付けてライセンス、もしくは合弁会社の形でプロジェクトをやっていく。ライセンス収入、配当収入を見込めるため、この仕組みであれば、企業側にもメリットが大きい。
渡部:一方では会社を辞めたとしても、海外に行かないで日本国内にとどまって新規起業をする道も重要です。米IBMではテキサス州オースティンの研究所を縮小した際、優秀な人が数多くのベンチャー企業を地元につくった。今でもオースティンはハイテクの集積地として知られていますが、あそこはIBM出身のベンチャーの会社が100社じゃきかないくらい生まれた。こうして起業したベンチャーに必要に応じてIBMが知財をライセンスすることも行った。それはフィンランドのノキアもやっていることです。事業のカーブアウト(切り出し)、従業員のスピンオフということに対し、企業側が必要なサポートをしていけば、好き好んで技術を海外に持ち出そうとはしない。
営業秘密を海外企業に売り渡す、という流れを止めるためには、いろいろな施策を打つ必要がある。これだけで万能という対策はありません。