しかし、本格的な迷走に入ったのはむしろそこからだった。新しい職場では、一緒に仕事をする人も取引先も、みな一流大学出身で海外経験も豊富なエリートばかりだったのだ。あまりの環境の違いにさらなる焦燥感と劣等感を味わうことになった。
「自分も何かしなければと思い、MBAを取得しようと思って社会人大学院などに通いました。でも、そこもエリート外国人とかが来る学校だったんです。課題が周りより全然こなせなくて、力不足を痛感させられる日々でした。ひとつ壁を乗り越えても、また次の壁が立ち塞がる……『少年ジャンプ』のバトルマンガみたいな状態でしたね(笑)」
そんな仕事での焦りは私生活にも影響し、転職後に交際を始めて3年間付き合った恋人との別れを経験する。原因は、お互い30歳の節目が近づくなか、村上さんがなかなか結婚の決断に踏み切れなかったことだった。
「当時の自分の状況で結婚してしまうことに、不安や迷いがありました。待遇面も含めて満足のいく転職ができたつもりでしたが、実際に入ってみると、外部環境によって今後大きく変わる可能性のある事業だと気づきました。加えて、当時は『洋服の仕事にも、新しく挑戦したい』と考え、模索し始めていた頃でした」
そうして、冒頭の恋人からの指摘につながったわけだが、キャリアアップのための挑戦を考えていくうえで、村上さんは結婚が足かせになると感じていたという。
そんな彼の話を聞いて、既婚の読者の中には「結婚は勢いが大事だよ」と言いたくなる人もいるかもしれない。しかし、村上さんは違う考えだった。
「僕の家庭は兄弟も含めて、昔からかなり仲良しな家族でした。だからこそ、結婚に対して高いハードルを自ら課して、余計に躊躇していた気がします。彼女と一緒にいること自体は全然苦ではなかったんですが、自分が思い描くような家庭を築ける自信がなかったです。まだまだ生活基盤や環境が大きく変わる可能性があるのに、“永遠の愛”なんて誓えないよ……と。最終的には彼女から『結婚できないなら、時間を無駄に使いたくない』と言われ、別れることになりました」
QLCにはロックアウト、ロックインという2形態があるとされる。それぞれ「ちゃんとした大人になりきれていないと感じる」「逆に、大人であることに囚われ、本当の自分を見失っていると感じる」という意味合いだが、村上さんは前者に当てはまるといえるだろう。連載第1回に登場した男性とは、同じQLCといえども、かなり違う印象を受ける。
副業で「自分を表現する」ことが心の拠り所に
恋人と別れたあと、村上さんは週末や平日夜を使って、個人でオーダーメイドの衣服の製造・販売の仕事を副業で始めた。実は、転職した頃から本業と並行して、師匠の元でオートクチュールについてのノウハウを学んでいたという。
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