「銭湯好きじゃない男」が継いだ銭湯の意外な展開 松本「菊の湯」から事業継承に悩む人が学べる事
当時の菊の湯のオープンは午後3時。春、夏にはその30分ほど前から地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちがどこからともなく集まり、開店を待ちながら世間話をしている姿が見るとはなしに見えており、いい風景だと思っていたという。
といっても菊地さんが銭湯好きだったわけではない。シャワーで育った世代で湯船にはほとんど浸からず、旅先で見かけて行ってみたことがある、あとは温泉、スーパー銭湯くらいだったとか。数は少ないが、いくつかある銭湯の親族以外への継承事例のほとんどは、銭湯好きによって継承されていることを考えると、非常に珍しい例なのである。
「銭湯を閉じることにした」
その菊地さんに「相談に乗って欲しいことがある」というメールが送られてきたのは2020年5月。宮坂さんは以前に一度栞日を訪れており、その後、2018年に菊地さんが栞日のマンスリーレターのために宮坂さんを取材するという縁があった。
「お目にかかってみると、銭湯を閉じることにした、でも、取り壊して更地にするのではなく、建物を残して何か違う用途で使えないかと考えており、相談に乗ってもらえないか、という話でした。栞日は以前の電気店の看板、外装をそのままの状態で使っているので、そうした使い方ができないかと思われたのでしょう」と菊地さん。
土地、建物は所有しており、水は湧水を利用、家族経営で人件費はかかっておらず、日常の大きな経費はガス代のみ。とりあえず目の前の経営は続けていけるものの、新規の客が増えるわけではなく、設備の修理や更新を考えると先行きは明るくはない。いつか損益分岐点を割る前に決断しなくてはと長年悩み続けてきたというのだ。
それに対して菊地さんは即答した。「自分がやるから銭湯として続けましょう」。その時、菊地さんの頭の中にあったのは開業前の、おじいちゃん、おばあちゃんが集まる菊の湯の前ののどかな風景だった。
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