14の精神疾患と闘ってきた47歳彼女の壮絶な半生 ライター歴24年、初めての単行本に込めた願い

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「その頃の私は、明るくてノリが良いタイプだったんですが、私よりもっと明るくてノリが良い女の子がいたんです。太陽みたいな子で、その子がうらやましくて、すごい嫉妬と劣等感を感じました。それから本当にダメになってしまいました」

まず眠れなくなった。

それまで家ではあまりお酒を飲まなかったのに、寝酒をするようになった。いつの間にか、ウィスキーを1本空けてから寝るような、無茶な飲み方をするようになった。

「近所の内科に『眠れない』と相談したら、ハルシオンを出されました。言われるままに飲んだら、コテンとよく眠れました。これが向精神薬依存のはじまりでした」

コテンと眠れても、翌日目覚めた時に理想的な自分になっているわけではない。

嫉妬を感じる同僚がいる会社に通わなければならない。

「『会社行くのいややな……いややな』

と思って電車に乗ってたら、ぶっ倒れてしまいました。救急車で病院に運ばれて、検査を受けたのですが体にはなんの問題もありませんでした」

医者に、

『心の病気かもしれないですね?』

精神科に通うように

と言われて、瀧本さんははじめて、自分は精神疾患なのかもしれないと思った。

「それで、はじめて精神科に行きました。当時の精神科のある病院は、今よりずっと行きづらい雰囲気でした。会社でバレたら白い目で見られるような時代でした。

精神科に行っていることが母にバレたら、

『ただの怠けだ』

と罵られるのがわかっているから告白はできませんでした。病院では、

『パニック障害をともなう不安神経症』という病名をつけられました」

とにかく薬を飲みまくって会社に行くようになった。業務さえこなせば怒られることはなかったので、みなが会社にいない時刻を狙って出社した。

契約期間の1年が経つ頃、精神的に限界を迎えていた。

「26歳で会社をやめて、東京に移り住みました。フリーライターとして生活しようと思いました。当時は保証人がいなくて、なかなか物件を借りられませんでした。やっと月6万円のワンルームを借りられました。引っ越してきてしばらくは、照明もなく、布団もなく、持ってきた服にくるまって寝ました」

引っ越してきた当時は婚約者と生活をしていた。ライターとしては今までと同じような、情報誌のグルメ記事など一般的な原稿を書いた。前に勤めていた会社からも仕事をもらったので、フリーランスとしては比較的早く食べられるだけ稼げるようになった。

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