ミャンマーのクーデターで機能不全に陥るASEAN カンボジアとシンガポールが今後のカギを握るが……

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外相会議でいきなりつまずいた2022年のASEANは、世界から調停能力を問われるなか、膠着状況を打開できるか。カギを握るのはカンボジアとシンガポールだ。

カンボジア国民を大量虐殺したポルポト時代から内戦を経て、権謀術数を駆使しながら政敵を駆逐してきたフン・セン氏は37年間首相の座にあるアジア最長不倒の権力者だ。経済規模ではASEAN内で下位にとどまるものの、議長を務めるのは最多の3度目である。2021年12月、長男のフン・マネット陸軍司令官の首相就任を後押しすると宣言した。「選挙を通じて」と語ったが、2013年の総選挙で4割の議席を獲得した最大野党・救国党を解党に追い込み、18年の選挙では与党が全議席を独占した。国内で敵なしのフン・セン氏は、国際舞台でおそらく最後の花道となる議長職に腕まくりしていた。

南シナ海問題や貿易・通商、人権問題などの対立点をめぐり、ASEANは米中のはざまにあってどちらかへの肩入れを慎重に避けてきた。そうしたなかで中国一辺倒の議長国が我を通せば、議論は宙に浮き、地域機構として機能不全に陥りかねない。ミャンマー問題でもフン・セン氏が中国の意向を過剰に忖度すれば、さらなる混乱を招くおそれがある。

シンガポールは国軍幹部らの口座を閉鎖できるか

他方、シンガポールは2013年以来、対ミャンマー海外投資で首位を続けてきた。同国政府が制裁に乗り出せば、国軍に与える打撃は甚大だ。国軍幹部や家族らは制裁のおそれがある欧米ではなくシンガポールの金融機関に口座を持っている可能性が高い。長年軍事独裁政権のトップにいたタンシュエ元国家発展協議会議長らは健康上の問題があると必ずシンガポールの病院に入院していた。

シンガポール政府が同国企業に対ミャンマー投資を禁じ、国軍幹部らの口座を閉鎖し、医療機関の利用を拒めば、必ず音を上げるだろう。「ジャスティス・フォー・ミャンマー」などの反国軍NGOなどは実際にそうした措置を求めており、アメリカも高官をシンガポールに派遣して、ミャンマーへの対応について協議している。

スイスと同様、金融立国で富裕層のメディカルツーリズムを推進するシンガポールは制裁には否定的だ。とはいえ、国際社会や人権団体の目を無視するわけにもいかず、リー首相が国軍への厳しい態度を形だけでも示しているのが現状だろう。

グローバル化の波に乗り経済的な豊かさを享受する一方、国際社会では「小国」として振る舞うことで世渡りをしてきた都市国家シンガポールだが、ミャンマー問題では、その存在の大きさと対応がもっと注目されてよい。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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