ミシュランシェフが「本気のおにぎり」作る理由 コロナ禍で「食は人を幸せにする」思いを強く
──だからこそ、里山に足を運ばなくては、と思うようになられたのですね。当時お店にお邪魔して料理に添えられていた山野草についてお聞きしたら「ちょうどこの前スタッフ全員で石川県の里山に行って、摘んできたんです」なんて言われて、驚いた記憶があります。里山に通うことで見えてきたことはなんでしょうか?
成澤:自然と深く関わりながら、森に住む人たちと話をするうちに、気候風土が生み出す、その土地の生活様式と、それに根付いた食文化があることに気づきました。
熱々のご飯を手で握るのは、愛情がなくてはできないこと
──そう考えると、おにぎりは、昔から日本の風土に根付き、日本人が食べてきた、最もシンプルな料理の1つですよね。ではなぜ、去年2月からおにぎりを作り始めたのでしょう?
成澤:1つには、長引くコロナ禍で、医療関係者も、飲食店も疲弊している、という現実です。私が料理を仕事に選んだのは、父が経営する飲食店で、いつも幸せそうに食事をしているお客様を見てきたからなのです。それくらい、食が人を幸せにする力を信じてきました。もちろん、寝る間を惜しんでコロナ患者の治療にあたるなど、大変な状況に置かれている医療関係者の方々を少しでも幸せにしたいというのがいちばんでしたが、同時に、営業の自粛要請などで「社会に必要とされていないのではないか」と感じているこの業界の若い人たちに、「食は人を幸せにする力がある」というポジティブなメッセージを伝えたかったのです。
──医療従事者の支援としては、お弁当を作るなど、いろいろな方法があったと思いますが、なぜおにぎりだったのでしょうか?
成澤:まず、おにぎりというのは、自分で食べるのではなく、誰かのために作る、最も根源的でシンプルな、まいにちの料理。熱々のご飯を手で握るのは、愛情がなくてはできないこと。手作りのおにぎりを食べたときの、温かい気持ちを含めて、届けたいと思ったのです。
それから、里山キュイジーヌを提供していく中で、日本の地方の魅力を多くの人に知ってもらいたいと感じるようになりました。ちょうど時短要請などで消費が落ち込み、苦境にあった日本各地の酒蔵と一緒に、地方を元気にしていきたい、と思ったのです。昨年の2月から、考えに賛同してくれた、日本の和牛を世界に届けようと頑張っている会員制焼肉店「WAGYU MAFIA」の浜田寿人氏とともに、毎月1つの地域を訪れ、酒蔵とともに地元の米と水でご飯を炊き、地元の食材を具材にしたおにぎりを作って地域の病院に届けています。