バンコクの「玄関駅」、廃止のはずが列車発着の謎 フアランポーン駅「お別れイベント」も開いたが

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第3に車両の安全性の問題である。SRTの客車列車の大半は老朽化が進んでおり、扉も手動で自由に開閉ができてしまう。それ以外の客車、気動車、機関車を見ても十分にメンテナンスがなされているとは言いがたく、ATSなどの保安装置も設置していない。

かたや、線路を共有するレッドラインの電車は最新技術を盛り込み、設計最高速度は時速160kmで、当然ながら保安装置も設置している。同じ線路上を性能もシステムもまったく異なる車両が走行すると、よほど厳格な運行管理を行わない限りダイヤ通りの運行はできず、事故のリスクも避けられない。実際に、試運転時は長距離列車の車両をレッドライン経由で走行させていたものの、1月中旬時点ですべての長距離列車は地平の旧線経由で運転されている。

建設中のレッドラインと、その下を通るSRT在来線。計画では貨物列車を除く在来線列車もレッドライン経由になる(筆者撮影)

第4に、バンスー中央駅へのアクセスには難がある。今後、長距離列車利用者はフアランポーン方面からバンスーまでMRTを利用することになる。しかし、このMRTはSRTの在来線に比べて迂回しており時間がかかるうえ、わずか3両編成で慢性的な混雑が問題になっている。運輸大臣がフアランポーン駅発着の列車をすべて廃止すると発言した際は、通勤客用に代替バスを用意するとしていたが、バンコクの道路渋滞状況を見れば用をなさないのは明らかだ。

実は、2021年にはコロナ禍でSRTの普通列車が威力を発揮した。余剰車両を集めて通常の倍以上の20両ほどの編成を組み、乗客のソーシャルディスタンス確保を実現したのだ。SRTの重厚長大な設備が生かされたわけである。お荷物と思われていたバンスー―フアランポーンの間の路線が、コロナ禍を契機に見直された可能性はある。

いつまで走り続けるか?

公式には現時点でなんら発表はなく、いつフアランポーン駅発の長距離列車チケットの発売が中止されてもおかしくない状況ではある。ただ、メモリアルイベントでも今後の予定に関する告知はなく、SRT職員は参加者からの質問に対し、今後の会議次第で現時点では何もわからないと明言を避けている。

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ただ、前述の第3の理由のように、安全に関わる重大な問題も含まれている。曲がりなりにも日本の高品質なインフラ輸出政策の一環として完成したレッドラインであるだけに、このあたりの判断は日本、タイの関係者間で慎重になされるはずだ。

一方、非公式情報ではあるが、2021年末に中国の車両メーカーCRRC(中国中車戚墅堰)で落成し、全50両が引き渡されるディーゼル機関車(CDA5B1)と、同じくCRRC(中国中車長春)から2016年以降に導入されている寝台車を組み合わせた編成など、新型車両を用いる一部の列車のみが今後バンスー中央駅発着に移行するとも言われている。

新車の導入や既存車両の改造ペースにもよるが、少なくとも2022年内はフアランポーン駅から発着する長距離列車を味わうチャンスはまだあるのではないだろうか。自由に世界各地へ渡航できる日常が今年こそは戻ってくることを願いたいものである。

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高木 聡 アジアン鉄道ライター

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たかぎ さとし / Satoshi Takagi

立教大学観光学部卒。JR線全線完乗後、活動の起点を東南アジアに移す。インドネシア在住。鉄道誌『鉄道ファン』での記事執筆、「ジャカルタの205系」「ジャカルタの東京地下鉄関連の車両」など。JABODETABEK COMMUTERS NEWS管理人。

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