しかし、主人公の広告マン・レネは、「ダメだ。これでは人は動かない」と言って、まるでコカ・コーラのCMのような、カラフルで希望に満ちた、ハッピーな映像を制作するのだ。15年以上にわたって厳しい弾圧と戦ってきた反対派のメンバーたちからは批判を受けるが、「チリよ、喜びはもうすぐやってくる」と歌うポップな曲に乗せて、ワクワクする未来を提示するレネのCMに、国民は心を動かされていくのである。
「このままではヤバイ」よりも、「それは楽しそうだな」
社会を動かそうとするとき、その出発点に怒りや抗議の気持ちがあることは多いだろう。『NO』で描かれているのも、独裁政権に対する“NO”だ。「◯◯に反対!」「△△したら大変なことになる!」といった異議申し立ては大事だし、徹底して“NO”を叫ぶべき局面もある。しかし“NO”の先に、ワクワクする魅力的な“YES”を提示できたとき、さらにもう一歩大きな力が生まれるのではないだろうか。
仕事においてもそうだ。たとえば僕のいるラジオ業界は、広告費の減少やメディアの多様化で厳しい状況にあり、どうしても「このままではヤバイ」という脅迫的な物言いでハッパをかけることが多くなってしまう。確かに、危機感を持つのは大事なことだ。しかし、追い立てるだけで人を動かし続けることはできない。僕も後輩やスタッフに対して、危機感をあおる言い方をしてしまいがちだが、それだけではみんなゲンナリしてしまう。本当に人を動かすには、「それはいいな」「楽しそうだな」と思えるような肯定的なビジョンをいかに示せるかが勝負なのだ。
『NO』に話を戻すと、この映画がさらに胸を打つのは、国民投票での奇跡的な勝利という結果にもかかわらず、歓喜に満ちたエンディングとはならないところだ。明るい未来を提示することは、重い責任を伴う。自らの手を汚し、結果としてうそをつくことにもなりうる。詳しくはぜひ実際に映画を見ていただきたいのだが、勝利の瞬間の主人公レネの複雑な表情にも、僕は深く共感したのだった。
構成:宮崎智之
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この記事の筆者・長谷川裕氏がプロデューサーを務める「文化系トークラジオLife」が、8月31日(日)25:00~(9月1日1:00~)に放送されました。テーマは「ソーシャル、レジャー、リア充」。過去の放送は、ポッドキャストでも聴けます。
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