批判噴き出す「資本主義」は結局、何が問題なのか 財界トップも言及、再注目「宇沢弘文」の思想

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1891年、ときのローマ法王レオ十三世によって出された回勅(Encyclical Letter)は「レールム・ノバルム」(Rerum Novarum)と題され、今日にいたるまで歴史的重要性を持ち続けている。「レールム・ノバルム」は、「新しきこと」、ときとしては「革命」と訳されている。

このなかで、レオ十三世は、19世紀末の、ヨーロッパを中心とした世界が直面していた最も深刻な問題を特徴づけて、「資本主義の弊害と社会主義の幻想」(Abuses of Capitalism and Illusions of Socialism)という印象的な言葉で表現された。

資本主義のもとで、資本家階級のあくなき利潤追求によって労働者階級の大多数が悲惨な生活を送らざるをえないという、社会正義に反するような状況が存在するとともに、他方では、多くの人々が、社会主義のもとではこのような悲惨な状況は消滅して、調和と正義が支配するようになるという幻想を抱いているということをつよく警告されたのである。

それからちょうど100年経った1991年5月1日、ヨハネ・パウロ二世によって「新しいレールム・ノバルム」が出された。その中心的テーマは、「社会主義の弊害と資本主義の幻想」(Abuses of Socialism and Illusions of Capitalism)という予見的言葉で表現されている。

1917年、ロシア革命によって、世界で最初の社会主義国が成立して以来、70年以上の間に数多くの社会主義体制をとる国々が誕生した。

しかし、いずれの社会主義も大きな内部的矛盾を抱いて、はかり知れない規模の人間的犠牲を生み出し、社会的、文化的、自然的破壊がおこなわれてきた。ポーランド、東ドイツを始めとして、これらの国々がつぎつぎに、ソ連の圧政から解放されて、社会主義体制を解体し、ようやく、新しい政治・経済体制を求めて、主体的選択をおこなえるようになってきた。

これらの社会主義諸国はこぞって、市場経済制度を導入して、資本主義体制への道を歩もうとしている。しかし、資本主義諸国もまた、社会主義の国々に比して、優るとも劣らぬような内部的矛盾をもっていることを人々ははっきり認識する必要がある。

資本主義か社会主義か、という問題意識を超えて、人々が理想とする経済体制は何かという問題提起が、ローマ法王によってなされたことに対して、私たち経済学者は、謙虚に、また誠実に対応しなければならない。

考えられなかった社会主義から資本主義への移行

「新しいレールム・ノバルム」が出されてからわずか3カ月、1991年8月、いわゆる「八月革命」が起き、ソ連社会主義自体の崩壊、ソビエト社会主義共和国連邦の解体という、世界史的な事件にまで発展していった。

ヨハネ・パウロ二世が「新しいレールム・ノバルム」のなかで関心をもたれたのは、社会主義から資本主義への移行というこれまでの経済学ではまったく考えられなかった問題である。資本主義から社会主義への歴史的移行という古典的なマルクス主義のシナリオに反して、世界がいま直面している問題は、社会主義から資本主義への移行をどのようにしたら円滑におこなうことができるかという、まさに180度逆転した問題である。

しかし、このような制度的転換によって、はたして安定した、調和のとれた経済体制が実現できるであろうか、というのが、ヨハネ・パウロ二世が私たち経済学者に提起された問題である。この設問に対して多くの人々はきわめて懐疑的回答をせざるをえない。それは、分権的市場経済制度も、集権的な計画経済と同じように深刻な矛盾を抱えているからである。

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