批判噴き出す「資本主義」は結局、何が問題なのか 財界トップも言及、再注目「宇沢弘文」の思想

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1917年のロシア革命を経て、1922年にソビエト社会主義共和国連邦が正式に成立したとき、経済学の理論的、思想的考え方が、1つの政治体制として現実に存在しうるようになったことに対して、世界の多くの人々は心から祝福し、その将来に大きな期待をもった。

また、第2次世界大戦を契機として、かつての帝国主義的植民地であった国々が独立し、その多くが社会主義を建国の理念として新しい国づくりの作業を始めたとき、私たちは、新しい時代の到来を心からよろこんだのであった。

しかし、その後の社会主義諸国の経済的、社会的展開は必ずしもこのような楽天主義に応えるものではなかった。とくに、スターリンによって東欧諸国が社会主義に組み込まれていったプロセスについては、その暴力的、強権的手段に対してつよい批判と反感を持つことになった。

さらに進んで、ソ連自体における社会主義建設の過程が、きわめて専制的、暴力的に強行され、はかり知れない数の人民の犠牲をともなっていたことが明らかになるにつれて、社会主義の理念と、その理論の前提に対して、私たちは不信の感をつよめ、そのあり方に対して、きわめて否定的にならざるをえなくなっている。

新古典派、アメリカン・ケインジアンの空虚な根拠

他方、アメリカ軍がベトナムでおこなったジェノサイドに近い行為は、世界の歴史にもその比をみない規模と残虐さとをもっていた。このことは、世界の多くの人々がそれまでもっていたパックス・アメリカーナに対する多少なりともの信頼をほぼ完全に喪失させ、アメリカ資本主義自体の衰退過程をさらにいっそう進めるものとなった。

それはまた、当時支配的であった新古典派経済学、あるいはアメリカン・ケインジアンの理論的根拠が、思想的にも、学問的にもまったく空虚なものであることを明らかにしたのであった。

そして、経済学者の間では、資本主義、社会主義という既成の体制概念を超えて、新しい、リベラルな経済体制の理論的枠組みを模索する作業が始まろうとしていた。新しい経済学の可能性について、わずかであったが、その萌芽がみられ、同時に、より人間的、調和的な経済、社会を求めて、革新的な流れが始まるように思われた。

しかし、1970年代の後半から1980年代の終わりにかけてのアメリカを中心とする世界の資本主義の歩みは、この流れとまったく相反するものであった。とくに、レーガン政権のもとで強行されていった数多くの、極端に保守主義的な傾向をもった政策・制度改革は、アメリカ資本主義をますます不安定的なものとし、所得分配の不平等化がいっそう進むという結果を惹き起こした。1992年4月のロサンゼルス暴動はまさに、このレーガン的政策の必然的な帰結でもあった。

レーガン政策の背後には、反ケインズ主義ともいうべき政治思想と経済哲学の考え方が存在していた。それは、サプライサイドの経済学、マネタリズム、合理的期待形成の経済学などというかたちをとって現われ、1970年代の後半から1980年代の前半にかけて、きわめて保守的、反動的色彩のつよい経済学の流行を惹き起こした。

1980年代の後半になってレーガン政策がもたらした社会的、経済的打撃の大きさが明らかになるとともに、これらの経済学は影も形もなく消えていった。しかし、それまで支配的であった市場経済哲学の限界を超えて、新しい経済学のパラダイムを構築するのは容易なことではなかった。ジョーン・ロビンソンのいう「経済学の第二の危機」がいぜんとして続いていたのである。

このとき、私たち経済学者の考え方に大きな影響を与えた文書が出された。それは、ローマ法王、ヨハネ・パウロ二世が出された回勅、「新しいレールム・ノバルム」である。

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