板から作る「痛くない注射針」 岡野工業株式会社社長・岡野雅行氏②

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おかの・まさゆき 1933年東京都墨田区生まれ。45年向島更正国民学校卒業後、家業の金型工場を手伝う。72年に父親から家業を継ぎ岡野工業株式会社を設立、代表に。「技術的に難しくて誰にもできない仕事をする」をモットーに、「痛くない注射針」などを開発。旭日双光章など受賞多数。

中国のモノづくりの力もだいぶ上がってきたようだ。しかし、ウチがやっているような「深絞り」の技術は中国にはない。できないんだ。

深絞りとは、1枚の平らな金属の板を何工程もかけて、箱形や筒状に加工していく技術。プレス加工の中で最も難しい。「抜き」(穴を開ける)や「曲げ」だけなら誰にでもできる。だが、深絞りは、金型・機械・潤滑油など、さまざまな条件のバランスがうまくかみ合って初めてできる。

深絞り職人になるまでには最低20年はかかる。それまで我慢できる人は少ないから日本でも深絞りができる工場は減っている。3000以上の工場がある墨田区でも、深絞りができるところは5軒ぐらいしかない。

中国でも、深絞り加工ができないわけではない。日本で金型を作り、機械・潤滑油などを持って技術者が行って教えれば、作れるようにはなる。しかし、何千個、何万個と作っていくうちに、金型や機械の調子が変わってくる。その調整が中国の人にはできない。元の金型や機械を作ったわけではないから。

「できない」と言われると俄然燃えてくる

こうした独特の深絞りの技術の裏付けがウチにはあるので「痛くない注射針」も作ることができた。医療機器メーカーのテルモが、元は太いけれども先端にいくほど細くなる注射針の図面を持ってきたのは2000年。担当の人は、それまでの約1年、日本中の金型屋さんやプレス屋さんなど100軒ぐらい回っていたが、どこもできないと言う。それでウチに来た。俺は15分ぐらい考えを巡らし、「できる」と答えた。

普通、こういう筒状のものを見たら、パイプから加工することを考える。でも、元と先端で太さが違うから、パイプでは無理だ、とすぐにわかった。それで、板を丸めて作ることを考えた。前にガスのセンサーで似たような形のものを作っていたから。でもその直径は6ミリメートル。今度のは0・2ミリメートル。できるかどうか確率は6割ぐらいだったが引き受けた。

 引き受けた後、ウチの従業員や、ウチによく来る工学部の大学教授に話すと、みんな「できない」と言う。そう言われると俄然燃えてくるのが俺の性分。それからサンプルを作るのに1年半、量産して売り始めるまでに3年半、都合5年かかったが、出来上がった。05年から販売を開始し、今までに5億本をこの工場から送り出している。5年経ったが、似たようなものを作れるライバルは出てきていない。テルモもこれには驚いている。特許戦略もよかった。特許については次回話そう。

週刊東洋経済編集部
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