亡きお母さんの「におい」探す子へ納棺師の提案 小学生の子どもたちへ残したたくさんの想い

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お化粧が一段落すると、お話は窓から見える景色の話にもなりました。学校に行くときはお母さんがベッドから降りて手を振ってくれたこと。公園の木は今は緑だけど、桜が咲いたり、どんぐりがなったり、そのたびに桜の花びらやどんぐりの実をお母さんに届けたこと。

亡くなったお母さんは普段の会話や生活の中で、お子さんたちにたくさんのものを残したのです。お母さん、あなたは本当にすごい方ですね!

徐々に部屋中がお母さんのにおいで満たされていきます。それまで電話対応や葬儀の準備で忙しくすることで無意識にお別れを避けていたようだったお父さんも、奥さんのそばに近づいて、しげしげとお顔を見ます。

「はは、お母さんだね」

お父さんの目からは今にも涙があふれそうでした。棺へお移しする前に少し席を外し、ご遺族だけで過ごす時間を取りました。いつものようにベッドに腰掛け、窓からの景色を見ながら最後の時間を過ごすことが今日のご遺族には必要な気がしました。

納棺師という仕事

窓から差し込む光の中で、ベッドの上に寝ているお母さんの顔を時折、抱きしめるようにしながら、お子さんたちが座っています。お父さんもそんなお子さんたちの手に触れながら外を見ている。

廊下から見たその様子は、窓枠に縁取られた大きな絵のようでした。お子さんたちが長い時間、お母さんの髪の毛に顔を埋めにおいをかいでいるのを見ていると、清潔にすることだけが私たちの仕事じゃないなと思いました。

『最後に「ありがとう」と言えたなら』(新潮社)。書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

納棺師はご遺族が安心して大切な方との最後の時間を過ごしてもらえるように、さまざまな処置の方法を学んでいます。しかし、そこには必ずご遺族の思いも吹き込まないと、納棺師の自己満足になってしまうこともあります。

私たちの仕事はご遺族の想いに気づき、その想いを形にすることです。そして少しでもそれがかなったとき、私はこんな尊い時間に同席できたことに感謝します。

ご遺族にとってとどめておけない時間だからこそ、私は何ができるのか、答えを探し続けます。残念ながら、納棺式の短い時間では答えが見つからないこともたくさんあります。ご遺族自身も深い悲しみの中、たくさんのことに戸惑い、迷われているから。だからこそ、たとえ答えが見つからなくても、ご遺族と一緒に悩み考える伴走者になれたらと思います。

安易に自分と重ねて考えた私の想像がとても浅はかだということを亡くなった方は教えてくれます。お母さんは、「今」を一生懸命に生きてきました。その生き抜いた姿は、死をも含めて、これから先もずっと大きなものを、お子さんたちに渡し続けると感じるのです。

帰り道、車を止めた公園の駐車場へ向かう途中にご自宅を見上げると、あの窓からお子さんたちが手を振っています。窓からの景色やお母さんのにおいと共に、これから何度も思い出せる最後の時間になったらいいな、と願いながら手を振り返しました。

前回:「喪主なのにずっと笑顔、女性と4歳娘の悲しい理由

大森 あきこ 納棺師

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おおもり あきこ / Akiko Omori

1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。(株)ジーエスアイでグリーフサポートを学び、(社)グリーフサポート研究所の認定資格を取得。納棺師の会社・NK東日本(株)で新人育成を担当。「おくりびとアカデミー」、「介護美容研究所」の外部講師。夫、息子2人の4人家族。

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