「進化の奴隷」にならず「幸福」に生きるための秘訣 哲学と心理学から導かれる「正しい幸福論」
実のところ、上述したようなアリストテレスやポジティブ心理学は、さして目新しいものではない。むしろ、世界各地で伝統的に教えられてきたような、保守的で古臭い幸福論である。コンビニの書棚に並んでいるような「自己啓発本」にも書かれていることだから、陳腐に感じる人もいるだろう。だが、古臭くて陳腐であるからといって、間違っているとは限らない。
むしろ、ユーダイモニア論のような正しい考え方が軽んじられて、間違った考え方のほうが喧伝されていることが、現代の人文学や言論における問題である。たとえば、個人の努力や「強み」の重要さを強調する議論は「新自由主義的」だとして否定されてしまい、「怠惰に生きていても幸福になれる」といった主張のほうが知的であると評価されてしまうのだ。
幸福になるためには「愛」が不可欠だ
人間とは孤独であると不幸になり、他人を求める生き物だ。とくに、わたしたちの祖先は男女でつがいになって共に子どもを育てる生き方をしたために、現代でも多くの人が、セックスのパートナーとの間に情緒的な「絆」を築いて、結婚をして子どもを産み育てることへの長期的な欲求を持っている。つまり、愛情も、幸福にとっては不可欠な要素なのである。
しかし、昨今では愛情の重要さは軽視されてしまいがちだ。進化の観点から考えると愛情が普遍的であることには疑えないが、俗流の進化心理学は「身もふたもなさ」を強調したがるために、セックスの話はしても愛については論じない。また、現代の人文学者たちも、「異性愛中心主義者」と批判されることを恐れるがゆえに愛の価値を語ることに尻込みしている。
『21世紀の道徳』では「政治的な正しさ」にとらわれることなく、進化論という科学の観点から人間という生き物の特性や条件を冷静に直視したうえで、わたしたちが幸福になるためにはどうすればいいか、そして道徳的に生きるためにはどうすればいいかということについて、哲学者たちの議論を頼りとしながら、現代にふさわしい議論を展開している。
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